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描いた真似事
「ねぇ、聞いてる?」
何度目かの彼女の声。そう問いかけられて、初めて自分が意識を飛ばしていたことに気づいた。
「あ......ごめん、よく聞こえてなかった」
「もうっ」 怒っているような呆れているような声だった。 「これ」と彼女が取り出して見せたのは結婚式の招待状の出欠席の返事の書だった。ふたりで話し合って名簿を作って招待状を送った。
「見て」一枚の葉書を目の前に持ってきて見せた。そこには出席と書かれた葉書であり。 見覚えのある文字で書かれていた。
「これ...... おま、え......」
「だって折角の有名人なのにあなたったら呼ばなくていいって言ったけど、私から出しちゃった」
悪気のない彼女の顔に心がちくりと痛んだ。そうだ彼女はなにも知らないのだ。
それを知った彼女は凄いと連呼して興奮気味に披露宴に招待したいと言っていたのを俺が止めたのだ。 相手も忙しいし、たかが先輩の為に大切な時間を使えさせれないと。
暫くは不満そうにしていたが、「そっか」 と言った彼女は諦めたのかと思っていた。こんなことを考えていたなんて······。
だって彼女は知らない。 彼と俺が友達以上の関係であった過去なんて。
もう終わったこととは言え、昔のそんな関係の奴を披露宴に呼ぶなんてどんな神経しているなんて思われるに違いない。 彼女だって過去に付き合った彼氏は呼ばないだろう。 けどそれを攻めるには彼女はなにもしらなすぎた。
自然に消滅したような仲だった。
お互い歩む道の違いで、 多く言葉を交わすことなく別れた。
譲らなかったのだお互にも、自分の歩く道を。 そしてまた不器用だった。 どちらかに、どれかに決めないと駄目だと思っていた。
彼はどんな思いでこの招待状を受け取ったのか。 そしてどんな気持ちで返信して来たのだろう。しかも出席すると書かれてある。 自分が自意識過剰なだけで、彼にはもう過ぎ去った過去でしかないのだろうか。 昔······一時手を取り合ったひとが結婚する......それだけのことでしかないのだろうか。
彼女に何度言われても彼を呼びたくなかったのは想いがまだあったからだ。忘れられない過去を時折思い出す。 夢で彼に会う。
忙しくて日々を過ぎ去っているときは忘れてしまっているが、ふとしたことで思い出す。 それは人が見せる些細な仕草とかだった。
まだ忘れてないのか、過去になってないのかと、その度に思った。
もちろん彼女を愛しているからプロポーズして結婚を考えた。 普通の家庭を築きたかった。
暖かい家庭が欲しかった。
なにより三年付き合って、 彼女とならそれを考えられたからだ。
「大騒ぎになるぞ、有名人なんか呼んじゃったら」
「だって大切な披露宴だもん、ぱーっと騒ぎたいじゃない」
そんな明るい彼女が好きだった。
「ったく」 出したものは仕方ないし、 返信されてきたものにも何も言えない。
「台無しになっても知らないからな」
「あなたの友達ならそんなことしないでしょ」
「ただの後輩だよ」
そんなやり取りで、 彼が来ると言うだけで動揺している自分が居た。 見せたくなかった。 見て欲しくなかった。
お前と歩む道が違うから。
昔、 彼に言った言葉が蘇る。 そう言って自分を正当化させた。 だから別れて当たり前なのだと。 彼になにも言わせないように。
そうっすね。
そして彼もそう言った。
ただの強がりであり、 背負っていくのには重くて怖い未来だった。 当時の自分たちには。 それは今も変わりはなかった。 怖いのだ......そして再会も。
遠い場所で、遠く空の下で活躍している。 それが分るだけで良かったし、 別の人生を生きているのだと自分に言い聞かせていた。
学生だった頃と変わらぬ笑顔で「おめでとうございます」 と彼から言われて自分はその場で崩れずに居られるのだろうか。 それほど彼への火は燃え尽きずに燻っていた。
「あっ、ねぇここに何か書いてある」
彼から届いた返信葉書の下に書かれていた文章を、 今気づいたみたいに彼女が指差した。
【卒業】って映画知ってますか?
一言、 そう書かれていた。 どきりとした。
彼女はどう受け取ったのだろうか 「ROOKIES -卒業-のことかなぁ」 あれしかないよね。 とそういう。
「やっぱ、あなたと野球の話したいのかな。 あれ感動したよね 」
しかし俺の頭の中には別の映画のシーンが浮かんでいた。
それだと......思って良いのだろうか?
そして彼はそのつもりなのだろうか、冗談で書いたのか、それは分らなかった。 けれどそしたらやはり彼を披露宴に呼んではならない。
隣に寄り添う彼女の肩を抱いた。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」 そう言うが、 自分はその文字をみて目頭が熱くなった。 彼女の前で泣くなんてやってはならないことだ、ましてや今の心情で。
どうしよう......俺も何処かでそれを望んでしまったよ。
お互い行動に移せなくても移さなくても······それを望んだお互いがあった。
弱虫だね俺たち。
手を取り合う夢を見た。
「終わり」
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