思い出を覚ました湖上の十六夜

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「康太が食欲がないなんてね……」  棚から珈琲豆の入ったキャニスターを取り出しながら、紗矢は少し心配し、そして恐る恐る尋ねた。 「いったい、今度は何をしでかしたのよ?」 「うん……実は、ある物を燃やしてしまって……」 「燃やした?」  紗矢はキャニスターを開けようとしていた手をとめて、湖畔のリゾートホテルに勤めている康太を見つめた。 「何を燃やしてしまったの? まさか、お客様から預かった荷物じゃないでしょうね?」  康太なら、そういうこともしでかしかねないのだ。  紗矢が身を乗り出すようにして尋ねると、 「違うよ。お客の物ではないけどさ……」  そこで言葉を切り、再び康太は大仰にため息を吐くと、紗矢に視線を向けた。 「先月のことだけど、今度ホテルで開催する予定の展覧会の話を、俺がしたことは覚えている?」 「ええ、もちろん。常盤滝登(ときわたきと)展のことでしょ」  この地が生んだ人形作家であり、約三年前交通事故に巻き込まれ、三十一歳の若さで落命した常盤滝登の名を、紗矢は口にした。  と同時に康太から常磐滝登展の話を聞いた日に記憶が遡る。  ……そうだ。あの日も今日と同じように実にさわやかな朝だった。  
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