思い出を覚ました湖上の十六夜

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❊  今日も忙しくなりそうだな……  微かに秋の気配を含んだ風に揺れるショートボブの髪をそっと撫でつけながら、紗矢は湖畔の遊歩道のベンチに腰を下ろした。  九月も中旬に入り、よく晴れた空から注ぐ日差しもだいぶやわらいできた。 その心地よさに自然と微笑みながら、眼前の光景をゆっくりと見回す。  関東北部に位置する、避暑地として人気の高い、錦山市透和見町。  その中心にある観光スポットとして人気の「透和見(とわみ)湖」。  この透明度が高く広大な湖を取り囲むように、カフェや雑貨店、土産物店などが立ち並び、それぞれ趣は異なるものの、どの店も木をふんだんに使った温かみを感じさせる外観をしており、その奥に広がる緑濃い森と、そのさらに向こうに悠々と連なる山並みと見事に調和している。  この賑やかながら、ゆったりとした雰囲気に包まれた観光地で生まれ育った紗矢は高校卒業以来、従兄が経営するカフェ『水鳥』で働き、二十七歳になった今では共同経営者にまでなっていた。  『水鳥』は湖畔の眺めのよい場所に立ち、山小屋風の開放感あふれる店内は、カウンターが八席と、四人用のテーブルが八つほど、ゆったりと配置されている。さらに湖上にせりだした店内よりも広いテラスには、大きなアイボリーのパラソルがついた四人用の円卓が八つほど、広めの間隔を取って配置されている。  この眺望絶佳のテラス席は観光客はもとより、地元の人達にも人気があり、天気のよいおだやかな日は一日中、湖上に陽気な笑い声をこだまさせていた。
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