1.最悪の男

14/27
前へ
/365ページ
次へ
「デザイナーがシステムを触れるのは強いな。正直うちは少数精鋭な組織だから、報宣堂さんみたいに分業制というわけにはいかないんだ」 「私は、肩書きは便宜上の線引きだと考えています」 橘さんはニヤッと笑った。 「いいことを言う。職域をまたげるクリエイターはうちではすごく重宝されるよ」 大手では効率を重視して分業制だ。分業制のメリットは専門性が磨かれること。デメリットは専門分野以外の知識が得づらいこと。その点私は常日頃からデザイン以外の開発やライティングなど自主的に学んで習得してきた。 「渡瀬さん、ぜひうちのデザイナーとしてよろしくお願いします」 丁寧に頭を下げられた。 「決定ですか!?」 「決定です。クリエイターの人事権は俺が持っててさ。トップの神楽はデザイン畑じゃないからそこに関してはなにも口出ししてこないんだ」 社長面談でもあるのかと思えばこれで本採用らしい。無事に採用が決まり胸を撫で下ろしたいところではあるが、私にはひとつ不安がある。 「ただ、あのような噂が立ってしまって、皆さんに歓迎されるか不安ですが……」 この業界、横の繋がりが結構あるのでアンロックの中にもあの噂について知っている人も少なくないだろう。 っていうか橘さんも、よくこのタイミングで声かけてくれたな。火中の栗を拾うようなものだ。 「あぁ。あんなの、信じてないから大丈夫」 私の胸中の不安とは裏腹に、橘さんは軽く笑い飛ばしてくれる。
/365ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14303人が本棚に入れています
本棚に追加