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夏青同盟9
はじめてできた彼女と最初にすることは、一緒に帰ることだった。アキアカネが編隊でつーい、ついッと感じで飛んでいる。西日に縁どられた芒が揺れている。昔ながらの古い感じの長閑な風景。でも割と新しめの御時世の風を背に受けた私たちがそこを歩いている。
「それで、なんで私が好きだって言ってくれたの?」
「憶えていない?」
「んー、ごめん。わからない。一年の時、ピアノを弾いている八重洲さんを綺麗だな、とおもったことはあるけど、それ違うよね」
「ピアノは合っているわ。昔、ピアノ教室でからかわれて私が泣いていた時、からかった子を空手で張り倒したでしょう。それから」
すみません、全然覚えてない……うーん、そんなことあったっけ? 暴力的すぎて自分でも幼児の自分に引いてしまいます。だとしたら随分ながく片思いされていたわけで、まんざらでもない。重い愛かも。
「おーい」
セーターの元気のいい声で振り返る。傍らに背の高い影。嘉藤君か。あ、どうしようかな、セーターに言うのはまだ早いか。
「うまくいったみたいだね。八重洲さんもナツもおめでとう!」
げ、なんで知っているの? あ、そうか。またも外堀を埋めていたんだ。もう驚かないぞ。
「いやー、よかったぜ。駄目だったら三人で残念会やろうとか言っていたんだよなあ」
嘉藤君がいい笑顔をしている。
「二人とも知っていたの? 人が悪いなあ」
「ごめん、でも偶然なんだ。付き合っているところを見られてしまって、それで生徒会選挙に引っ張り込まれたわけ」
「念のため、もう一回聞いておきますけど脅迫とかしてないよね」
「し、してません、ほ、本当。嘉藤君からもなんか言ってよ」
急にしどろもどろになる八重洲さん。
「されてないよ。俺らもさ、みんなが恋愛とかしている方が目立たないでいいかな、と思って八重洲さんに味方したんだ」
ずいぶん、遠回りな話だったけど、まあ、これでよし、としたい。結局、生徒会選挙を経て、二つのカップルができましたってだけの話。そしてまだこの私たちの小さな世界では大っぴらにするのはなかなか難しい中、自然な在り方を守り合う仲間ができたってこと。味方が多いにこしたことはない。
「ともかくこれからもよろしくね。八重洲さん、いや月佳。セーター、嘉藤君」
夏は終わりつつあるが 実り色づく秋はまだはじまったばかりで 耐え忍ぶべき冬はなお遠く、春は遥か未来の話だった。
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