夏青同盟5

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夏青同盟5

  季節は秋に移りつつあった。空気が乾いて光が少しだけ弱くなる。生徒会選挙に向けて八重洲党の暗躍?がはじまった。ポスターを刷ったりしたり、選挙演説を練ったり、その他、なんとなく八重洲さんはいい人、優秀な人という噂をラインとか友達の間の噂話でそれとなく流したりした。私のいる図書委員会はみな八重洲さん支持で、サッカー部はそもそも興味がないから、私が愛嬌をみせて八重洲さんに投票してね~と頼んだ。驚いたのはセーターだった。ずいぶん一生懸命にやっている。  もっとも工作で力を入れたのは……「そう、もうなんとなくこの私、八重洲月佳が生徒会長として先生たちが認めている、決まっているというような空気を作っていただくのよ」    日曜日、学校からやや離れた渋い喫茶店で会議をしていた。チェーンじゃなくて昔ながらの昭和の喫茶店。ジャズが流れていコーヒーの香りが漂う。 「先生の間の空気が一番大事」 「はあ……」 「空気。日本人は空気で決まってしまうから。実は選挙ではなく空気で権力がつくられるのよ。そして空気は団体がつくる。利益団体ね。企業とか。今はあんまり力がないけど組合とか。それでふんわり決まっちゃう。徹底的に議論して合意を形成するなんてことはない。で我が校の最大の利益団体は先生たち」  そんなことを言いながらフルーツパフェのクリームを食べて可愛く口を拭く。頭のいい人は考えることが違いますな。なんだかひたすら怖い。こんな人だったのか、と思う一面、底知れないところに惹きつけられもしていた。甘いものは好きっぽい。 「おーす」  嘉藤が喫茶店に入ってきた。 「あ、嘉藤君、お疲れ様。昨日はどうだった?」 「おお、文化系はたいてい八重洲さん支持みたいだな。体育会系はあんまり興味ないみたいだがよ。半分はくるんじゃないか」  ぶっきらぼうな感じだが初対面の印象とは違い粗野ではない。 「嘉藤君は文化部のエース、書道部だからね。いくつも賞をとっているし、影響力は大きい。その上体育会系の助人もやっているから顔が利く。ひき続き頼むわ」  意外だった。書道部なんだ。身体がでかいのに。 「あ、俺もパフェ食べようかな」  こいつも甘いもの好きなんかい。 「あ、ごめん、遅れた」  セーターだった。 「構わないわよ。先生たちはどうだった?」 「うん。ほとんど八重洲さん支持かな。校長がね。やっぱりSDGSってことで八重洲さんに肩入れしているみたい。でも今の生徒会が擁立している書記の井崎君も根強いね。別に代える必要がないんじゃないか、みたいに思っている先生もいる」   井崎君はうちのクラスではないけど、知っている。まあ、真面目一徹を絵にかいたような人だ。 「うーん、それはまずいわね。まだまだ慎重にやらないと。パフェの奥のコーンフレークを口にする八重洲さん。  解散して、私はセーターと一緒に帰ることにした。 「そういえばさ、嘉藤君って八重洲さんと付き合っているのかな」 「え」  セーターはちょっと複雑な顔をした。 「うーん」  しばらく押し黙って歩く。 「あの、ちょっと」  また公園に行く。いつも公園だ。もう蝉の鳴き声はほとんどしない。 「偽装彼氏」 「え、なんでまた」 「八重洲さんを支持している人たちが恋愛禁止令をやめさせたいのは知っているよね」 「うん」 「その張本人に彼がいないのはおかしいでしょ。だから、偽装の彼氏。におわせ」   なるほど、とわかったけど一応秘密のはずの話をなんでセーターは話しているのか。ペラペラ喋る子ではない。そもそも何で知っているのか。八重洲さんとそんなに親しいっけ。八重洲さんの彼氏は別にいるのか。いや、うん?なんか話が変じゃない? 「そう。僕が十郎と、嘉藤と付き合っているんだ」 「あーっ!」  そうだ、これで符号した。そういうことだったのだ。八重洲さんと嘉藤君が付き合っているように見せかけて、他の恋愛禁止令をやめさせたい人たちの支持を得ると同時に嘉藤君とセータの関係を隠していた。 「あー、いやー意外。セーターってああいう子が好みなんだ」 「な、なんだよ」  セーターは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。うん、これは本当に好きみたい。男の子が男の子を好きになるのはおかしくない。好きを好きと言えるのはいいことだ。まあ、頑張りなさいよとしかいえないが、ちょっと嘉藤君みたいなのがいい、というのは不思議だった。 「まさか八重洲さんに脅迫されているんじゃないよね」 「そんなことしないよ。僕らのことを秘密にしてくれている。もちろん一石二鳥的な何かもあるだろうけど」 「なんかあの人なんでもやりかねないよね」  ちょっと怖くなってきた。そこまでやる理由があるんだろうか。恋愛禁止令を解くためだけに。他校に彼とかいるのかな。塾が切っ掛けで付き合う子って少なくないらしいし。誰のためにやっているのか。本当に権力が欲しいだけなのか。だとしたらヤバイ。しかし、そういう人にも見えないのもまた、その通り。
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