青夏同盟6

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青夏同盟6

   八重洲さんは順調に支持を伸ばしていた。でなんとなく八重洲さんがいいらしいよ、という言葉が飛び交い、校則改革の具体的な綱領はそれなりにアピールした。SDGSに熱心な校長以下その取り巻きにも受けがよかった。生徒会の井崎君は押され気味であり、このまま、「八重洲さんという人がやりたがっているし、いいんじゃない?」みたいな空気になってきている。確かに空気が世の中の物事を支配している。    しかし、順調な八重洲党に突如として障害が立ちはだかった。 「いや~参ったわ、これは」  八重洲さんは机に突っ伏した。 「いかん、これはまずい」  締め切り間際、突然新星が現れたのだ。 「素の人気には敵わないよなあ」  鞆浦凪紗さん。ナギサの名で作曲する歌姫でネットではそこそこ人気だ。地元ラジオ局にもよく出演していてインディーズレーベルでCDも出していた。今年の春東京は渋谷の登竜門といわれるライブハウスを満員にして総立ち状態にしたという。顔は出していないが、学校ではなんとなく知られている。先生方も知っている。 「参ったなあ……なんで歌姫が出てくるんだよ。生徒会と関係ないじゃん」  圧倒的人気だった。学校のスターにはちょっとした空気なんて意味がない。 「どうすればいいと思う? さすがに打つ手なしだよ」 「ちょっといいかな」  セーターが小さく手をあげた。 「一瀬君どうぞ」 「八重洲さんはやりたいことがあるんだよね」 「うん?」 「必ずしも生徒会長になる必要はないのかも」 「ん…ああ、そういうことか」 「そう、だから鞆浦さんに会ってみようよ。秘密に。それに鞆浦さんがなんで生徒会長に立候補したか聞きたいし」 「ふん……それもありかも」  まだ八重洲さんは残って選挙関連の活動をしている。よくやるなあ、と思う。私は夕暮れに沈む商店街を急いだ。相変わらずの地方都市の商店街。しゃがれた八百屋さんの声、焼き鳥のタレの香りが漂ってくる。いい香りだ。ふと、本屋から出てきたセータと嘉藤君が目に入った。なんだよ、私と帰らなかったのはこれかよ。私より彼氏の方がいいのか。ちぇっ……声をかけようかと思ったけど、野暮だからやめた。でも気になってなんとなくついてってしまう。二人はその後、あちこちお店をのぞいて回ったり、普通に仲のいい男子同士だった。なんだか男の子同士が付き合うなんて特殊なことだと思い込んでいた自分が少し恥ずかしかった。セーターは私といるより嬉しそうにみえた。恋人とはそんなものなのでせう。  土曜日、鞆浦さん問題を解決する。急に呼び出すと噂も立つ。共通の知人を介しても駄目。結局、八重洲さんの友達、鞆浦さんのファンである他校の生徒を介して別の友達、さらにその人の知人を介して鞆浦さんという実に複雑な経路をたどって鞆浦さんとの直接交渉が実現した。用心して会談場所は高校生の行かなそうな隣のさらに隣町の寄席の近くにある中華料理店、西安でもたれた。もう夏とはいえない秋の小雨がパラパラと降る。ちょうどお昼時だったので鞆浦さんは麻婆豆腐を注文していた。凄い辛そう。八重洲さんは五目中華、私はラーメンだった。セーターと嘉藤君も同席。 「わざわざ、おいでいただきありがとうございます。鞆浦さん」  八重洲さんは丁寧に頭を下げた。鞆浦さんは……フードを深く被った魔法使いのような出で立ちだった。八重洲さんに劣らぬボーイッシュ系美人の顔を隠している。動画でみた金髪ではない。髪は洗える染料で染めているという。染めるの禁止の校則を律儀に守っているらしい。 「お話、よろしいでしょうか」 「あ、うん」  麻婆豆腐と一口口に運んで咽た。「鞆浦さんの人気は圧倒的です。おそらく、生徒会長は鞆浦さんに決まりでしょう。そこで提案があります。できれば私を副会長にしていただきたい。失礼な話ですが鞆浦さんは音楽活動に忙しい。生徒会長になっても実務面で支える人が必要です。私ならそれができます」  鞆浦さんは水を一口飲んだ。 「無論、たいへん不躾な話です。しかし、私は校則を変えたいという情熱を持っています。私を支持してくれる方々もそうです。私は政策を実現さえできればいい。もし、駄目ならば校則を変えることだけでも了承していただきたいと思います……」 「ま、待って……」  鞆浦さんは手で制した。私は無意識に八重洲さんの二の腕を引いた。なんか八重洲さんは時々周りが見えなくなることがあるみたいだ。 「八重洲さんの話はわかりました。私も言いにくいんだけど、実は生徒会長になりたいわけではないんだ。音楽第一だし」  やっぱりセーターの思った通りだった。 「クラスメイトにさ、担がれちゃって正直もうどうすればいいんだかわからないんだよ。今さら辞退しますなんて言えないし」  八重洲さんは唖然とした顔をしていた。 「どうせ、賑やかしだし誰も支持しないと思ったんだ。生徒会長なんてつとまるわけないし」  言いにくそうに口を噤む。 「自分が人気があるらしいのはそこそこ知っている。でも生徒会長ってそういうので選ぶのは違うと思う。私が選ばれてはいけないんだ」  驚いた。鞆浦さんがそういう人だったとは。だいだいこの人は凄く尖った青々しい「大人社会への反抗」みたいな曲と歌詞をつくって受けている。実際は真面目で断れない大人しそうな人だった。 「参ったなあ。校舎の窓ガラスを割るわけにもいかないし」  いつの時代の人だよ。 「バイクを盗むのも勿論NGですよね」 「そう、それ」  しばらく黙り込む二人。 「わざと落選するのはどうすればいいかってことですよね」 「うん、停学、退学も困る」 「あのいいですか」  セーターが手を小さくあげた。実はファンらしい。 「どうぞ」  鞆浦さんが清太の方をみた。 「シンガーソングライターらしいことをすればいいのではないでしょうか」 「ん?」    話は終わった。鞆浦さんは機嫌よく杏仁豆腐を頼んだ。つるつると実に美味しそうに食べた。これでまた流れはかわった。ところで西安事件ってなんか世界史に出てきたような……。
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