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夏青同盟8
選挙から数日。今晩は母も夜勤、父も出張。宿題を半分終えてちょっと休憩。時計の針は10時を回っていた。ピンポーンというインターンホンの音が響く。え、こんな時間に?怪しくない?
「は~い、どちら様」
な、何も応答がない。怖っ!
「あの、な、ナツ……いる?」
なんだセーターか。ドアを開けるとセーターががっくりと肩を落とし泣きじゃくっていた。
「ど、どうしたの」
もう一人いた。嘉藤だった。こっちも落ち込んでいる。
「セーター、なんかあったの。まさか、あんたがなんかしたんじゃないんでしょうねえ」
「違う、十郎じゃない。僕が十郎と付き合っているって母さんに言ったんだ。そしたら……」
「反対された?」
「そんなものじゃないよ。この世の終わりって顔」
「そもそも、あんたどうにかせいよ。彼氏でしょうが」
「うん」
嘉藤君は泣いている小さな子供に寄り添っている大型犬みたいに途方にくれている。
「仕方ないなあ」
私は意を決して……私にしては結構蛮勇だった。セータの家に乗り込む。
セータのお母さん。理想のお母さんだった。仕事で留守がちの両親にかわって、私にもよく御飯をつくってくれた。遊びにいけばいつも暖かい笑顔でむかえてくれた。急に熱を出した時も看病してくれた。いつも大人の女の人がいるから、心強かった。
「あの……」
セーターのお母さんは趣味のいいリビングで木目調の机に突っ伏した。
「夏ちゃん……」
「大丈夫ですか」
「ええ」
「どうしたんですか?」
一応わかっているけど演技しているような感じで聞く。
「清太が男の子を連れてきたのよ。彼氏」
顔を覆っている。
「信じられない。本当、夏ちゃんが清太の彼女ならよかったのに!」
大人の人がショックで立ち直れないようになっているというのはなかなか見ないし、私の手には余るかもしれない。でも。
「夏ちゃんは知っていた?」
「はい」
「そう・・・・・・」
「驚いちゃったんですよね」
「それは驚くわ。だって普通じゃないもの。そんな、男の子なんて」
普通じゃないか。普通ねえ。普通、普通、普通。
「あの、いいですか」
セーターのお母さんは頷いた。
「ショックなことはわかります。私も驚いたから。でも、そうやって清太を変な子扱いするのはどうなんでしょう。私たちはまだ子供だけど、そろそろ大人になります。自分で好きな人くらいは自分で見つけてもいいと思います」
「でも……」
「おばさんが、どう思おうと私は清太の味方をすることに決めています。中立はありません。だってずっと一緒だったし。だから応援してほしいとは言いませんからしばらくは黙って見守ってくれませんか。相手の男の子も悪い子じゃないと思うし」
我ながら生意気千万だよ。何おばさんに喧嘩売っているんだ。
「セーターはおばさんのこと大好きだし、それでいいじゃないですか。男の子が好きだっていうのでなんか変わるわけでなし」
黙って頷く。
「私もおばさんが誕生日にケーキをつくってくれたこと、一生忘れないです」
あの日、私は誕生日だというのに両親も姉もおらずべそを掻いていた。そこでセーターがおばさんに頼んでケーキを焼いてもらった。三人で誕生日パーティをしてもらって本当にうれしかった。セーターのお母さんは理想のお母さんだ。子供のためにいろいろ全力でやってくれる人。自分の子供だけじゃなくて子供の友達にもとっても優しい。そんな昔の普通の女の人。だから、昔の普通でないことにちょっと敏感過ぎるんだ。
「夏ちゃんは随分大人ね」
「まだまだ子供です」
そう、困ったことにね。
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