夏青同盟9

1/1
前へ
/10ページ
次へ

夏青同盟9

   白球が空を飛んでいく。オーライ、オーライの声がくぐもって聞こえる。うーん青春ですねえ。これですべて終わった。もう面倒ごとは懲り懲り。 「本当にありがとう。母さんも少しショックから立ち直ったみたい。ナツが言ってくれたおかげ」 「いいってことよ。おばさんにも世話になっているし」  ちょっと男の子っぽく言ってみる。 「まあ、セータの恋愛を応援できてよかった。やっぱり昔気質の人だからなあ、いろいろあるだろうけど、慣れてもらわないと」  時間は進む、地球は回る。二度と古きよき時代が戻ってきたりはしない。これからセータもたいへんだろうけど、とちょっとお姉さんみたいにおもってみる。 「そうだ、八重洲さんがくるから待っていて。僕は御飯いってくる」 「お、彼氏とお昼か。いいねえ、ヒューヒュー」 「茶化さないでよ。じゃあね」  清太は少し顔を赤らめて手を振った。  それにしても八重洲さんの用事ってなんだろう。生徒会の役職についてくれとか言われるのかな。でもお断りする。図書委員とサッカー部で結構充実してるもの。これ以上忙しくなるのは勘弁してほしい。受験もあるしね。  八重洲さんが現れた。いつもの颯爽とした感じではない。やや緊張した面持ちだった。なんか悪いことでもあったのだろうか。 「鈴鹿さん」 「はい」  なんか緊張してきてしまって先輩とかに話すような口調になってしまう。 「偉そうなことばっかり言っていて、本当にごめんなさい。生徒のためとかなんとか」 「え、いやそんな、そんなことで謝らなくても、実際当選したのは……八重洲さんの実力だし」 「違う。私は中身がないから、なんとなく本で読んだ知識で喋っているだけ」  八重洲さんはぶんぶんと分かりやすく首を振った。 「鈴鹿さんがいなければ、なれなかった。鈴鹿さんのお陰。選挙手伝ってくれたから」 「ま、まあ……その」  なんだろう、この空気。こんなにお礼をされることはない。 「恋愛を解禁したの、私利私欲のためなの」  ああ、そういうことか。でもそれはみんなが支持したのであって、きっかけが八重洲さんの恋愛でもいいわけで。じゃあ、八重洲さんには好きな人がいるんだから付き合えばいいじゃないか。八重洲さんは権力が欲しいだけのあぶない人ではなかった。恋する乙女だった。うん納得。で、お相手は誰なんだろ。 「……す、す、す」  す? 「好きです。付き合ってください!」  眩暈がした。頭を揺さぶられたような。なんか急に耳元で爆弾が爆発したような感じ。 「あなたに告白するため、生徒会長になったの」  わざわざ、ここまでするか? 石橋を叩いて壊して鉄筋コンクリートに変えてしまった。  八重洲さんは震えていた。顔面は蒼白で冷や汗をかいている。ここまで必死の顔の人を私は今まで見たことがなかった。ここまで一生懸命になれるのってなんかすごい。あのクールな優等生の姿はどこにもなかった。見ようによっては実にみっともなかった。 「八重洲さん……」  でもそれは美しかった。すべてを投げるってこういうこと。マグネシウムが化学反応を起こして白く燃えた。これはたぶん、一目惚れという奴だろうか。この短い時間の間に自分が今まで感じてきた違和感がはっきり、パズルが組み上がっていくかのように自覚できた。男の人の臭いにはじまりとにかく男の人が駄目なこと、男の子と恋愛するセーターだけが平気なこと、小学生の頃アイドルグループにお熱で、今も女優さんにしか興味がないこと……そして一年生の頃、西日の差す音楽室でピアノを弾いていた八重洲さんが例えようもなく綺麗だったこと。  踏み出す時がきたんだ。そんな気がした。キスとかその先とか同じ女の子とできる?周りになんて言われる?もうそんなことは関係ない。私は今、この人、八重洲月佳さんに一目惚れしたんだ。その、なりふりかまわない、容赦の無い徹底的で遠回りなことをする人に。 「いいよ。まずはお友達からなんて言わない。こちらこそよろしく。恋人になってください」 「あ、はぁ……えっ?」  八重洲さんは不意打ちを食らったような顔をしていた。そして突然、わんわんと泣き出してしまった。私はギュっと泣きじゃくる八重洲さんを昔からの親友みたいに抱きしめた。私の胸に赤ちゃんみたいに顔を埋める八重洲さん。はじめて胸が大きくてよかったとおもった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加