夏青同盟1

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夏青同盟1

 夜の香りをはらんだ夏の風が吹き渡る。目が慣れると街灯がひどく明るく見える。 「それでさ、先輩がさ、ひっくりかえっちゃって」  他愛のない話をいつもセーターは静かに聞いてくれる。微笑を浮かべて相槌を打って。これほどの聞き上手を私は知らない。 「いつまで話しているの」  青太のお母さんの声が飛んでくる。 「あ、ごめんね。じゃあ、そろそろ。おやすみ、セーター」 「ん、じゃね、ナツもおやすみなさい」  私は窓を閉めた。向かいのうちで窓を開けばすぐ逢える幼馴染。私、鈴鹿夏が幼稚園の時から知っている、一瀬清太はまさに実家のような安心感のある男の子。  窓に雨粒が叩きつけられている。見慣れた景色が流れていく。普段は自転車通学だけど雨の日は電車通学。梅雨は本当に憂鬱になる。満員電車、蒸し暑くて人いきれが不愉快。特に電車で男の人の臭いが大嫌い。汗臭い野球部とかすれ違うだけで吐きそうになる。お父さんも無理。背広のムッとした臭いが押し寄せてくる。電車の音が特にうるさい。ぐらりと揺れた。おじさんが倒れかかってくる。嫌すぎる……その時だった。私とおじさんの間に割り込んできた。セーターだった。窓に手をついて空間を作ってくれている。 「おはよう、今日は電車?」 「うん、ありがとう」苦手な男の人の臭いだけど、なぜかセーターは大丈夫。不思議だった。  数学の授業が終わる。今日もいまいちよくわからない部分が多い。数学は嫌いだ。あまりにもはっきりと割り切り過ぎている。 「ねえ、今日、委員だよね。よろしく、鈴鹿さん」 「あ、そうだった」  顔近い。白い肌、整った顔だち、流れるような黒髪、背もすらりと高くてカッコいい。コンタクトが嫌だという理由で銀縁眼鏡をしていて少しだけ目が細い。八重洲月佳さんはクラス、いえ、ひょっとしたら学年一の美人さんかも。成績は常にトップだった。実は私が小さい頃通っていたピアノ教室の同じ生徒だった。一年の時、上手に音楽室でピアノを弾いていたのを憶えている。同じクラスになった時そういわれた。でも、すっかり忘れていた。 「やっぱり赤なんだねえ」 「ええ。好きだから。お洒落のつもり」  八重洲さんは笑った。景雲学院高校は紺のブレザーの制服だけどネクタイとリボンは赤か紺で選べる。でも、どういうわけか紺が男女共に80%を占める。(新聞部調べによる)理由は定かではないが、まあ、紺の方が地味で大人っぽく見えるというくらいだろうか。赤のタイをわざわざ着けているのは結構変わり者とされている    
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