3 ひとつじゃ足りない

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「きゃっ……」  腕を引っ張られて体勢を崩し、背中から倒れる。痛みはなく衝撃は五十嵐くんの胸が受け止めた。 「嫌です。絶対。離れない」  後ろからぎゅっと抱きつかれて身動きが取れなくなった。泣きそうな声が鼓膜を震わせる。 「五十嵐くん……」 「お守りください」 「え?」 「お守り」  最後だからいいかな、とポケットからキャンディを一つ取り出す。五十嵐くんの手が緩んだ隙に振り返りそっと差し出した。五十嵐くんはすぐに受け取り袋を開けてキャンディを口に放り投げる。 「ありがとうございます」  にこりと微笑み優の両手首を掴む。押し倒されて覆いかぶさってきた五十嵐くんのくちびるが、わたしのくちびるを塞いだ。 「っ……!」  くちびるにふれる熱いものはしばらくして離れた。わたしは呆然と、五十嵐くんの顔を見上げる。 「ほっぺたなんかじゃなくて、ずっと、ここにしたかった」  ちゅ、と再びくちびるが重なる。2回だよ、もうだめ。なんて言えないくらい驚いていた。今までくちびるには絶対してこなかったのに。だから安心しきっていた。今の五十嵐くんは、今までの五十嵐くんではない。 「い、五十嵐く……」 「もっとしたい」 「んっ」  タガが外れたように五十嵐くんのくちびるが何度も重なる。わたしは動くことも抵抗することもできずに、せめて縫い付けられた腕を動かそうとした。けれどビクともしない。かわいい顔をして力が強い。 「好きなんです。離れるなんて言わないでください。俺は優先輩じゃないとだめなんだ」  切なく伝わってくる告白に胸が痛む。こんなに苦しい告白なんて今までしてこなかったのに。五十嵐くんの表情から、冗談として受け取ったことはなかったけれど、ここまで真剣なものは初めてだ。好かれている理由がわからないゆえに少し怖い。 「い、言わないから、待って、五十嵐くん」 「イヤだ。さんざん我慢してきたんだ。もう無理」 「ん……」 「先輩からもらったアメ、一緒に舐める?」  くい、と顎を引かれる。自然とあいた口の中にキャンディがころりと転がってきた。飲み込んでしまわないように舌で受け止める。甘い味が口の中に広がる。今まで五十嵐くんの口の中にあったキャンディだと考えると身体がカッと熱くなった。
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