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朝礼が終わり体育館からぞろぞろと教室へ戻っていく。一時間目は先生の挨拶やクラス替えによる自己紹介の時間だ。年に一回のこのイベントがわたしは苦手だ。いやだなぁ、と思いながら廊下を歩いていた。
「優先輩!」
後ろからわたしの名を呼ぶ人がいる。振り返らなくても声でわかる。それに、気配でわかる。彼が歩くと、周りの女子生徒がざわめく。
「先輩ってば!」
どう反応しようかと迷っている間にも五十嵐くんの足音はすぐ後ろにまで来て、視界の横から、五十嵐くんがひょこっと顔を覗き込む。さすがに逃げられる状況ではない。
「優先輩、おはようございます。朝礼の挨拶、聞いてくれましたか?」
「お、おはよう……一応、聞いた」
「よかったです!」
キラキラとした笑顔が眩しい。こげ茶色の少し癖のある髪が風になびく。なんか知らないけどいい匂いがする。教室へ向かっていたはずの周囲の女子生徒たちは不自然に足を止めわたしたちの様子を窺っているみたいだ。彼女たちの視線から逃げるように早足になる。五十嵐くんから離れるためでもあったけれど、わたしよりも身長が高く足も長い彼は平然とついて来る。
「先輩、久し振りですね」
五十嵐くんとは冬休みに入る直前に話をした。明日から冬休みだから話したかった、と言われたので記憶に強く残っていた。その日から冬休み明けの今日まで、たかが数週間なのに、と思いながら五十嵐くんの笑顔には癒やされていた。
「たった数週間だよ」
照れ隠しで素っ気なく答えると、彼が一歩近づき、わたしの耳元で囁く。
「冬休み、先輩に会えなくて寂しかったです」
「っ!」
わたしは咄嗟に耳を押さえ、一歩二歩と五十嵐くんから後ずさる。朝から心臓に悪い。みるみるうちに顔に熱が灯っていく。
「ち、近すぎるから……」
わたしの反応を楽しそうに見ている五十嵐くんは笑っている。わたしはその眩しい笑顔から目をそらした。
彼は世界が違いすぎる人だ。いわゆるイケメンと言われる人がわたしに懐くなどありえないのに――。
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