3 ひとつじゃ足りない

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「ふぁ、ぁ」 「おいしい? やっぱり返して」 「ン」  咥内に入ってきた五十嵐くんの舌が、わたしの舌を舐める。じゅ、と音を立てて吸い上げられるとキャンディが消えていた。 「……いつも以上においしい」  ぺろりと舌なめずりをした彼はいったい誰だろう。頬にキスをして顔を真っ赤にしている青年では決してなかった。今まで隠していた顔なのだろうか。もしかしてあの新聞に書いてあることも本当なのではないかと思えてきた。 「先輩、もっとしよ」 「待っ……ぅん」  わたしの言葉はキスに飲み込まれる。恋人同士でするようなキスを、五十嵐くんとしている。くちびるがふれるだけではなく咥内で彼の舌が這う。キスだって初めてなのに、なんてキスをしているんだろう。 「先輩のくち、気持ちい……先輩は? 気持ちいい?」 「わ、わからな……」 「顔はすっごいとろんとしてるよ」  頬を撫でられ再びくちびるが落ちてくる。ちゅ、ちゅとついばむようなキスをしてから降りていく。首筋を舐められながら、熱い手が制服の中に入ってくる。 「や、やだ!」  わたしは咄嗟に五十嵐くんの身体を突き放していた。一瞬なにが起こったのか理解できないまま呆然と彼を見つめる。けれど視界がじわりと歪んでいく。 「先輩、ごめん。泣かないで」  いつの間にか涙が零れていたみたいだ。  感情があふれ出して、涙がぽろぽろとこぼれていた。どうしてこんなに泣いてしまうのだろう。何が悲しかったのだろうと頭の中では冷静になっていた。始業のチャイムは鳴っているし、廊下では生徒たちの足音が聞こえる。  ここは学校で、五十嵐くんは生徒会長で、わたしはただの地味な先輩だ。  十分理解していたことだ。わたしはそれ以上踏み込むことはやめようと思っていたはずだった。でもお守りを交換し始めてからも逃げなかったことがわたしの本当の気持ちだったんだろう。 「先輩……ごめんね」  わたしが泣き止むまで、五十嵐くんはわたしのあらゆるところをさすっていた。頭を撫でたり背中をさすったり。五十嵐くんの手はあたたかくて油断したら心地いいと思ってしまうところだった。そう考えてまた涙があふれる。  わたしがどうして泣いているのか、五十嵐くんはきっと本当の理由を知らない。  本当はずっと好きだったって、はっきり気付いてしまった。  五十嵐くんとなんて釣り合うわけがないのに。  だから、自分の気持ちを認めるのが怖かった。なのにくちびるがふれ合うキスで暴かれてしまった。  好きという気持ちが、溢れてとまらない。
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