4 たくさんのキャンディ

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4 たくさんのキャンディ

 校内はまだ校内新聞のことで話題が持ちきりだった。わたしが五十嵐くんにキスをされた日、朝から保健室に行き、早退をした。彼があれからどうしたかは知らない。  次の日は知恵熱のようなものが出て、休んでしまった。  その次の日はさすがに熱が下がり、仮病もしていられないと、なんとかベッドから出た。もう二日も経っているのに思い出すとぎゅっと身体が縮こむみたいになる。胸の中もずきずきと痛い。  あの騒動がどうなっているのかわからなくて学校に行くのが怖かったけれど勇気を出して教室に入ったら、日常だった。チラっと見てくる子はいたけれどそれだけで、コソコソと何かを話したりはしない。もしかしてあの出来事は夢だったのではないだろうかと思うほどだった。  むしろ、全部夢だったらいいのに。  朝のあの出来事も、全部。  でも夢ではなかった。  最近放課後はいつも五十嵐くんと過ごしていたので、前は何をしていたのか思い出せない。まっすぐ帰っていたとは思うけれど、家に帰る気にもなれず足は図書室へ向かっていた。  扉を開けるとシンと静かな空間だ。いつもみたいにほとんど人がいない。受付のカウンターに一人男子生徒がいるくらいだ。もちろん、五十嵐くんもいない。  いつもの席に座り少し待ってみたけれど、五十嵐くんが現われる気配はない。一人イスに座って待っているのがバカみたいだ。  わたしは立ち上がり、前に軽く読んだ本を探した。あの恋愛小説は前と同じ場所にあった。手に取り、座ってじっくり読み始める。  主人公は最初、うじうじして受け身ばかりだった。けれど中盤からこれじゃだめだと動き始める。好きな人相手に素直になるように心がけて、少しずつ距離を近づけていく。時には素直になれずぶつかることもあるけれど、それでも二人は乗り越え、最後には結ばれていた。  わたしは気付いたら、小説の中の主人公と同じように涙を流していた。  よくある恋愛小説。だけど今の自分を重ねてしまって胸をえぐられた。そして頭の中に浮かぶのは、五十嵐くんのことだけだった。  わたしはさんざん彼を拒否していたから、今さら、きっともう遅い。だから五十嵐くんはわたしに会おうとしないのかもしれない。  でも、間に合わなくても伝えたい。自分の気持ちを伝えなければ、一生後悔してしまう。  わたしは乱暴にイスを引き、カバンを掴み図書室を出た。  五十嵐くんは生徒会室にいるだろうと思い走って向かった。 生徒会室の扉をノックしても反応がなく、鍵がかかっていた。図書室にもいなかったし、五十嵐くんのクラスにもいなかった。わたしの意地のせいで連絡先を交換していなかったので、どうやって彼に会ったらいいかわからない。  そうこうしているうちにも窓の外は夕焼けに染まっていく。五十嵐くんは部活にも入っていないし、もう帰ってしまったんだろう。  五十嵐くんのいない学校をずっと探していても意味がない。わたしは息を乱しながらも、ゲタ箱へ向かうことにした。 「あの!」  背後から声をかけられて咄嗟に振り返る。
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