3人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
たった1ページのそれを読むのにも10分程度かかってしまった。隣の存在が気になってなかなか頭に入らなかったせいだ。何度も読み返してしまった。けれどじっくり読んだおかげで、すべて理解できた。
五十嵐くんの『学校』に対する思いが伝わってきた。どんな学校にしていきたいか、先生にどうあってほしいか、生徒としてどうしていったらいいか、わたしが考えたこともないことをつらつらと書き綴っている。それほどのことを考えていたのだと感心すらした。五十嵐くんの理想の学校はまさに、生徒たちが喜びそうなものだ。確か、生徒会選挙の時も似たようなことを言っていた。
過ごしやすく明るい空気の学校を目指す、と。
「読み終わったよ」
「……どうでしたか?」
五十嵐くんは不安そうだ。それほど文章に自信がないのが意外だ。五十嵐くんも成績はよかったはずなのに。
「うん、よかったと思う」
「本当ですか!」
「わかりやすいし、五十嵐くんが学校をよくしたいっていうのがすごく伝わってきたよ」
「よかった……ありがとうございます」
五十嵐くんは安心したように息を吐いた。本当に不安だったということがわかる。
「じゃあ、えっと、離れて……」
ようやく解放される、と思ったけれど五十嵐くんは離れずに至近距離で見つめてきた。真に迫る表情だった。
「先輩」
「は、はい」
「好きです」
不意打ちの雰囲気に鎮まったはずの鼓動がまた早鐘を打ち始める。
「俺とつき合ってくれませんか?」
何度も聴いたセリフだ。なのに何度聴いてもドキドキする。いや、重ねるごとに鼓動の速度が増していく。整った顔立ち、キラキラした目に見つめられると身動きがとれなくなってしまう自分を必死に繋ぎとめながらいつも言う。
「……ごめんなさい」
「どうしてもダメですか? どうして?」
ダメな理由なんてひとつしかない。目立ちたくないから。でも、五十嵐くんにそれを言っても食い下がる気しかしない。ダメな理由はそれしかないから、ただ謝ることしかできないのに。
「じゃあまだ待ちます」
「え……」
諦めはしないの? 何度も謝っているのに。
どうしてそこまでわたしなんかのことを好きなのか理解ができない。ただわたしも、恋人がいるわけでもないし好きな人がいるわけでもない。だからはっきりと断ることができないのも悪いのだろう。
「そのかわり、昔みたいにがんばれるお守りください!」
「お守り?」
「はい! 小学生の時、俺が泣いてると先輩いつもくれましたよね、お守り。今も、がんばりたい時に先輩にお守りもらえたらがんばれるかなって」
小学生の時のことを思い出してみる。たった一歳しか違わないけれど、近所に住んでいた『海人くん』はすごく泣き虫で、わたしがよく面倒をみていた。わたしは今に比べて昔のほうがしっかりしていたのだ。
お守りとして何をあげていたかはもう忘れてしまった。だけど『海人くん』はそれを渡すとすぐ泣き止んですごくうれしそうな顔をして笑うことだけははっきり覚えていた。
「俺もお返しに、先輩が受験がんばれるようにお守りあげますから」
それくらいだったらいいかな。
五十嵐くんも2年生になったばかりなのに生徒会長という大変な仕事をしているし、毎日のように告白の返事を聞かれるよりもだいぶ楽だ。
「お守りは、自分で決めていいの?」
「もちろんです! 先輩からもらえるものならなんでもうれしいです! 明日、また図書室で待ってます」
無邪気に笑う五十嵐くんは、壇上で挨拶をする生徒会長の顔ではなかった。
最初のコメントを投稿しよう!