僕と十三人の恋人たち

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 とはいえ、別に僕と彼女が特別な関係になったという訳ではない。   ただ話す機会が増えるにつれ、場所を探すのが面倒になったり、話す時間が伸びるにつれ、毎回どこかの店に長居するのもどうかとなった、それに僕らの家は最寄駅も一緒で近かった。それだけの話だ。  演技をしていない素の彼女は、どこから見ても普通の女の子だった。  甘いものが好きでパクチーが嫌い。早起きが得意で家事は不得意。少し人見知りで、でも慣れるとけっこうお喋りだ。一般的な四人家族に生まれ、役所勤めの公務員を目指している。  「俳優を目指したりはしないの?オーディション受けたり劇団に入ったり」  難しい業界だとは思うけど、演技が好きだと言うのならその道を目指すのが一般的な筈だ。  「目立つのは好きじゃない。たくさんの人に見て欲しい訳でもないし、基本的には安定した生活を送りたいの。その上で、色んな役を演じていたい。手芸とか絵を描くのが好きな子だって、みんな専業のプロになる訳じゃないでしょ?本業の(かたわ)ら作った作品を、アプリやイベントで売ったりしてるじゃない。そういう感覚」  けろっとしてそう答える。  言い分として筋は通っているが、腑に落ちるかどうかと言えば、あまりすとんとはいかないものだった。    彼女が仕事を受けるペースは大体二週に一回。準備期間が必要なので、予約は一ヶ月以上前に。報酬はごく僅か。但し交通費や業務遂行中の飲食代、施設利用料などは実費貰い受ける。  彼女が自分で管理しているホームページで、利用にあたっての詳細を確認する事が出来る。  依頼人は仕事用のSNSアカウントを使って随時募集している。近頃は口コミで知った客もそこそこいるらしい。口コミでの依頼があるという事は、利用客の満足度が高かったというのと同義だ。紹介客が来ると、彼女は喜ぶ。    その仕事の話をしている時の彼女は、いつも屈託のない、活き活きと明るい顔をしていた。  最初は危険じゃないかとか胡散臭いとか思っていた僕も徐々に、そういう副業もアリなのかな、と思うようになりつつあった。  それが間違いだった。  やっぱり、それは間違いだったのだ。
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