僕と十三人の恋人たち

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 ある日、バイトに出勤して来た彼女を見て、僕は息を呑んだ。  頬にくっきりとした青あざ。  マスクで覆ってはいたけれど、頬骨の高い位置にはみ出している痛々しい青色は、彼女の白い肌の上では否が応でも目についた。  「どうしたの、それ」  呆気に取られて尋ねた僕から、彼女はさっと目を逸らす。  その不自然さに、はっとした。    「…仕事で?」  彼女はぐっと黙り込んだ。それは肯定と同じだ。  「何でそんな…。どんな仕事だったの」  「別に大した事ない」  ふいと顔を背けたつっけんどんな彼女の態度が、僕の癇に障った。  さっと近付いて、彼女のマスクを剥ぎ取る。   そんな乱暴な事を誰かにしたのは初めてだった。  頬の半分を覆う痣は、下の方が青黒くなっている。ふと見ると、手首にも包帯を巻いていた。  素の彼女は、案外迂闊だ。  その自慢の演技力で、うっかり転んでぶつけたとか、いくらでも誤魔化しようはあるのに。  そんなに狼狽えていたら、客とのトラブルだと大して勘の鋭くない僕でも、わかってしまう。  「…危険な仕事はしないって言ってたのに」  「そんなのしてない」  彼女はムキになって言い返す。僕の言葉がどこか責めるように聞こえたのだろう、屹と僕を睨み付けて、マスクを奪い返した。    「ただ私がお客さんを満足させられなかっただけ。もっと演技力を磨けば──」  「仕事ぶりに不満があったとしても、暴力は暴力だ。会社の上司や取引先が、ミスした社員を殴る?そんな事したら警察沙汰かクビか、良くて降格だよ」  彼女はまた黙り込んだ。  悔しげに歪めた顔をマスクで隠して、仕事用のエプロンを身に着ける。  「……もう始業時間だから。また後で」  今日は終業時間が同じで、元々業務報告会の約束をしていた日だった。バイトが終わった後、彼女の部屋を訪ねる約束になっている。  僕は深く溜息を吐いて頷き、彼女と同じ書店名のロゴが入ったエプロンを手に取った。  
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