僕と十三人の恋人たち

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 幼稚園のお遊戯会で主役を演じた時から、その道に進もうとずっと思っていた。聞けば、随分と早い目覚めだ。  中学校では勿論演劇部に入った。地元の公立中学だったけれど、コンクールで入賞する事も多い、力の入った部だったそうだ。  独学とはいえ、それまで長い時間をかけて熱心に演技の勉強をしていた彼女の演技力は、入ったばかりの部内でも際立っていた。  指導が厳しいと評判の顧問の目にとまり、上級生を押し退けて、一年生の秋のコンクールで、主役に抜擢された。オーディションもなく、顧問の一存だった。  その独裁的なやり方に、上級生は反発した。巻き添えを食らって顧問サイドと見做(みな)された彼女は、部内で無視され、聞こえよがしに陰口を叩かれる。  それでも練習は通常通り進んでいたから、やり辛い状況を甘んじてやり過ごし、本番に向けて着々と準備を整えていた。  そしてコンクール当日。会場に、彼女以外の部員は来なかった。    「私が入部する前から、顧問の先生と部員の間に確執はあったらしいの。特に三年生は、ずっと端役しか貰えなかったり裏方に回される人がほとんどで」  「でもそんなのは君のせいじゃないだろ」  「うん。私が舞台に立てなくなったのは、その後が原因」  他のキャストが誰もいないステージに、顧問は彼女一人を立たせた。  この場にいる役者はお前だけだ、お前が本物なら、たった一人でも観客を魅せる事が出来る筈だと。  彼女は混乱した頭のまま、ふらふらとステージに立った。  音響と照明はやってやると言った顧問が、目の眩むような強いスポットライトを彼女に浴びせる。  全身から気味の悪い汗が噴き出す。  観客席に目を遣れば、対の瞳はすべて真っ直ぐに、こちらに向けられていた。  早く。早く何とかしなきゃ。  一身に光を浴びて、彼女は振り絞るように、台本通りの台詞を叫んだ。  だがそれに対する応答は、誰からも、何もない。当たり前だ。ここには彼女一人しかいない。  彼女はたった数行の台詞を吐いたきり、なす術もなくその場にうずくまった。  
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