48人が本棚に入れています
本棚に追加
舞台は、事前に事情を聞いてた運営側の人が止めた。彼女は顧問に引き摺られて袖に戻ったけど、しばらく立ち上がれなかった。
次の芝居が始まるからと退席を促され、彼女は茫然自失のまま、家に帰った。
「翌日の朝、部員は一斉に退部届を出した。でもね、あの日のステージは誰かが録画していたの。翌日教室に入ると、クラスの子たちがその動画を囲んで観てた。みんな、色んな事を言ってた。よくやるよとか、そんなことを」
何で舞台に立ったの?私だったら絶対やらない。自信あったの?一年で主役とって浮かれてたの?
心ない言葉の群れが、彼女を取り巻く。
耐えかねた彼女は教室を飛び出して、職員室に駆け込んだ。担任から退部届を貰い、その場で書いて顧問に突き付けた。
「舞台の上には、私が生きるのとは違う世界があると思ってた。でも、何もなかった。誰もいなかった。ただ、私を責めて嗤う視線があるだけ。孤独だった。怖かった。私はもう、あそこには立てない」
それでも、と彼女は両手でマグカップを握り、テーブルに額を擦り付けた。
「私は演じることをやめられない。今の仕事くらいしか、それを続ける方法を見つけられなかったの」
僕は黙り込んだ。
どんな言葉を掛ければ彼女の慰みになるのか、まるでわからなかった。
「…だからやめろなんて言わないで。危険があるのは、わかってる。でもあの仕事は私にとって、最後の砦なの。とても大切なの。あなたには、それをわかって欲しいの」
彼女はテーブルに突っ伏して、弱々しくそう呟いた。
演技をしていない素の彼女は、至極普通の女の子。
案外迂闊で、弱くて脆い。でも好きなものに関しては、一途で真摯で、情熱的な。
どんな役を演じたのかを僕に伝える彼女は、子供のように無邪気で、キラキラ目を輝かせて、光がこぼれるようだった。
僕は、そんな彼女が好きだったのだ。
「……次の仕事はいつ?」
尋ねた僕に、彼女は怪訝そうな目を向けた。
「十日後、だけど…」
「それまでに僕が用意する。君があの仕事以外で、舞台にも立たずに、演技を続けられる方法と場所を。それに君が納得したら、その仕事はキャンセルして。そしてその後も、依頼を受けるのをやめて欲しい」
「…用意するって…何を…」
ぽかんとした顔で、彼女は僕を見つめた。
「少し時間が欲しい。形に出来たら知らせるから…十日後の君の仕事に間に合うように。時間が惜しいから今日はもう帰るよ」
「えっ…ちょっと…」
戸惑う彼女を置き去りにして、僕は鞄を掴むと部屋を飛び出した。
最初のコメントを投稿しよう!