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あり得ないほど必死に自転車を飛ばしてきた足が、疲労を思い出して急速に力を失っていく。僕は土間にうずくまった。
「その主人公の女の子役を、君に演じて欲しい。その仕事が終わるまでに、僕はまた別の物語を書く。出来上がったら次はそれを演じて。それが終わったら、また次の……」
紙の上で、彼女の視線が忙しなく動く。
「専属契約をしよう。僕はこれから、何度でも君に依頼を出す。いくらでも物語を作る。君が演じる役に困らないように」
ぱらりぱらりとページを捲る音が、微かに聞こえる。
「脚本はあくまでキャラクターの設定や人物像を理解してもらう為のものだ。台詞や行動は君に任せる。思うまま自由に演じてくれたらいい。今の仕事と、そう大差ないはずだ。だから──…」
饒舌に話していたのは、不安を誤魔化したかっただけかもしれない。
独り善がりな行動。それが彼女の目にどう映っているのか、気色の悪い男だと思われて終わるんじゃないかという不安。それに自分の作り上げたものを誰かに晒す羞恥心が加わって、僕は段々逃げ出したくなってきた。
彼女は僕の向かいに膝を折って座った。
「…ねぇ。これって、恋愛小説だよね?」
「…うん。そうだよ」
「私、恋人役はしないって言った」
「わかってる」
彼女が決めた彼女のルール。
誰よりも僕がわかってる。
だけど。
「けど、今の僕にはこれしか書けなかった。僕は君が好きだから」
それは、僕の人生で初めての告白だった。
どこか断罪を待つような気持ちで目を伏せた僕を、彼女の色の薄い目がじっと見つめる。
そしてもう一度、僕が渡した紙の束に視線を落として、ぱらぱらと捲り始める。
「…明日の仕事は、キャンセルしない」
しばらくの沈黙の後、彼女は小さな声で、でもきっぱりと言った。
──あぁ。やっぱり、駄目だった。
僕の中の言葉を、想像力を、おもいきり詰め込んで編んだ、それは長くて遠回しなラブレターだ。
それは彼女の心を動かしはしなかった。
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