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「明日は、リピーターのお客さんなの。高齢の女性で、私は早くに亡くなったその人の妹さんを演じるの。優しい人なの。危険もないし、それに、私もその人の妹さんをまた演じたいと思ってた。だから、明日の仕事は行く」
でも、とためらいがちに続ける彼女は、言葉を切って、僕の前に膝を折ってしゃがんだ。
「……明日で最後にする。その仕事が終わったら、今の仕事はやめる。あなたとの専属契約を結ぶわ。私、あなたの恋人を演じる。何人でも、難しい役柄でも、退屈な役柄でも。……ねぇ、だけど、お願い。どんな過酷な物語でも悲惨な設定でもいいから、最後は必ずハッピーエンドにして」
信じられない気持ちで顔を上げた僕と、彼女の目が合う。
彼女は照れ臭そうに、少しだけ唇を歪めて笑った。
「…私もあなたが好きよ。心配かけて、ごめんね」
そうして、彼女は僕の一人目の恋人になった。
♢♢♢
それから一年近くが経ち、僕には今、十三人の恋人がいる。
二人目の恋人は、パティシエを目指して頑張る素直な女の子。三人目の恋人は、昼はOL、夜は怪盗になる小悪魔だ。他に研修医として奮闘する彼女や未来から来た女子高生の彼女など、様々だ。
僕は複数の恋人達と交友するのに忙しい。その上、新しい恋人との物語を作り上げるのにも忙しい。
どんな人物でも、彼女はとても自然に、伸び伸びと演じてみせた。
個性的な恋人達と過ごす時間も楽しいけれど、素の彼女と会うことも、僕にとっては大事な時間だ。
「あなた、プロの作家になった方がいいわ。こんなに面白い作品を、次々書けるんだもん」
素の彼女は以前そう言ったが、僕は笑って首を振った。
「僕は目立つのは苦手なんだ。それに、基本的には安定した生活を送りたい」
彼女は呆れたように肩を竦めて、それきりその話題は持ち出さなかった。
でも僕は心の中でこう思ってる。
君がいつかまた舞台に立つ事があるのなら、その時の脚本は僕が書こう。
僕には十三人の恋人がいる。
そしてこれから先も、僕の恋人は増え続けるだろう。
僕は今、密かに新しい作品のプロットを書いている。
演技が好きで、なのに過去の辛い経験から人前で演技が出来なくなってしまった女の子が、もう一度舞台に立つまでの物語だ。
この話は慎重に扱わないといけない。
だけど僕はその物語が、あらゆる意味でハッピーエンドを迎えることを信じてる。
いつ完成するか、そもそも完成する日が来るのかどうかは、僕にもまだわからないけれど。
── end .
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