49人が本棚に入れています
本棚に追加
何の準備もない尾行が、漫画や小説のように上手くいく筈もない。
ドアを開ければ来客を告げるチャイムが鳴り、店員が駆け付けて席に案内してくれてしまう。
店員に誘導されて通路を歩く僕と、入口にほど近いテーブル席に座る彼女の、目が合った。
さりげなく視線を外してごまかせるほど、僕は器用ではなかった。
あからさまに動揺して歩を止めた僕を見て、彼女はふっと薄く微笑んだ。
そして向かいの男性に気付かれないように、ひっそりと唇の前で人差し指を立てる。
何も言わないで、通り過ぎて。
彼女の瞳と仕草は、そう語っていた。
奥の席に案内された僕には、彼女らの声は聞こえない。
僕は食べたくもないオムライスをぐずぐずとスプーンで崩しながら、見慣れぬ彼女の快活な笑顔を、盗人のようにひっそりと眺めていた。
最初のコメントを投稿しよう!