僕と十三人の恋人たち

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 書店から歩いてニ、三分の喫茶店で、彼女と向かい合って座る。店から近いが、普通のコーヒーが七百円もするような店だ。仕事仲間が休憩中に気軽に来ることもないだろう。ここでなら落ち着いて話が出来る。例え人に聞かれたくないような話でも。  「こないだ、会ったね」  オーダーを済ませるとすぐに、前置きなく彼女が言った。  僕は俯いたまま、黙って頷いた。  髪の色が違ったね。  いつもと雰囲気が違って、とても楽しそうだった。  あの男の人は誰?お父さんには見えなかったけど。    聞きたい事はたくさんあったけれど、どれも喉の奥でごろごろと転がるばかりで、声となって出て来ることはなかった。  「一緒にいた人は父親でも親戚でもないの。ねぇ、何だと思った?」  いつもは空中を漂うようにゆったりと話す彼女だけれど、今は少し早口だった。  いつもは木陰で午睡でも始めそうに穏やかな顔をしている彼女だけれど、今は少し尖鋭だった。  すぐには答えられずにいる僕を待たずに、彼女はひそやかな声で教えた。  「あれは、私のもうひとつの仕事なの」
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