~バラにまつわるミステリー

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~バラにまつわるミステリー

薔薇二曲――北原白秋 一 薔薇ノ木ニ 薔薇ノ花サク。 ナニゴトノ不思議ナケレド。 二 薔薇ノ花。  ナニゴトノ不思議ナケレド。 照リ極マレバ木ヨリコボルル。 光リコボルル。 「一年F組 如月萌花(きさらぎ もえか)です」 ……どうしてこんなところで、こんなことをしているのだろう。 機械的に自己紹介を始める自分をなかば人ごとのように意識しつつ、 わたしは今朝のことを思い返していた。     1 その日の朝は、澄み渡った空気の淡い青緑と何色ともつかない 陽の光の混ざり合った空がどこか異世界へと誘うような遠い色彩を描いていた。 暖かな光がペンキを塗りなおされたガードレールの角に当たっている。 光の描く白い筋は坂の上に向かって空に登る煙のように緩やかなカーブを描き 私たちの学校……清心館女学院(せいしんかんじょがくいん)へと続いている。 九月の、夏の終わりの空気を含んだ朝の光が、咲き誇るバラの花に注がれている。 その光と花の織りなすさまざまな色彩は、生命そのものを描いているようだ。 色とりどりの花びらから透けた光が、サテンのドレスの乱反射のように 美しい世界を生み出している。 登校中の生徒が小走りでわたしを追い越して行く。 すれ違いざまにびっくりしたようにふり返り怪訝な目を向けてくる。 学校に向かって走り去る後ろ姿から、笑い声が聞こえた。 少し後ろを歩く子たちからは友達同士でひそひそ話をする様子も伺える。 ミッション系のお嬢様学校として知られる 清心館女学院の生徒として、慎ましさが足りないのでは?と思わなくもない。 でも、もしわたしが同じ立場だったら思わず見てしまうだろうな、とも思う。 わたしは両手から溢れんばかりの、色とりどりのバラの花束を抱えていたのだから。 それは、およそ通学時の持ち物とは言いがたい。 同じクラスの子達は周りにはいない。だから、わたしに話しかけてくる子もいない。 それがせめてもの救いだった。 『薔薇の木に 薔薇の花咲く 何事の 不思議なけれど』 そう詠んだのは誰だっただろうか。 少なくとも、登校中にこんな大きなバラの花束を持って歩くのは不思議だと思う。 現実逃避まじりに、中学時代に暗記した詩をつぶやきながら、 片目にかかる髪が気になって指先で伸ばす。 ともかくこれ以上路上で目立つのは避けたい。 足を速めようとしたその時、後ろから軽やかに近づく足音が聞こえてくる。 嫌な予感とともに振り返ると、わたしの抱えた花束ごしにこちらを見上げる目と目がぶつかった。 女子高生の平均より少し、少しだけ高い身長のわたしを下から覗き込むような形になる。 つくづく不幸というものは重なるものだ。 訳あってバラを持っていること自体は不幸ではないと思う―― そのバラを持ったまま登校させられることは、年頃の女子高生にとって不幸と言ってもいいだろう。 そして、学校一の美少女に初めて話しかけられるなど、不幸もここに極まれりというべきだろう。 「綺麗なバラねえ、どこかで頂いたの?」 「この辺だと……三丁目のお屋敷かしら?」 「ねえ、どうしてバラを持っているの?お誕生日なら学院の皆さんでお祝いしなきゃ」 「それにしても綺麗ねえ、見たことのないバラ……珍しい品種なのかな?」 わたしの返事も待たずに、ゆったりとした口調でひとしきり言いたいことを言ってから バラの花弁をその細い指先で撫でている。 薄くトップコートを塗られた、よく手入れが行き届いた爪が目に入る。 他の生徒は遠巻きに見てくるだけなのに、この人ときたら…… 『好奇心猫を殺す』という言葉を知らないのだろうか。もしそんな事を言おうものなら、 あら、私、猫じゃないわよ?くらいのことは言い出しそうだ。 この人こそ、学院一の名声を誇る―― 二年の日ノ宮雪乃(ひのみや ゆきの)だ。
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