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2 『水上くん、休憩時間ちょっといい?』 「…………」  携帯の通信アプリに届いたその一文。そして添えられたスタンプ。かわらしい猫が笑顔で笑っているが額に怒りマークがついている。言われた通り、吉住を紹介し男子禁制とか彼女に言われて二人きりにした。 ——なにやらかしたんだよ、吉住いいいい~。  ああいうキラキラ系女子と、水上や吉住のようなスクールカースト下位の者たちとは水と油ほど相性が悪い。そのあたり配慮すべきだった。予感的中すぎて、返信しないでいると。 「水上くん、いる?」 「うそだろ!?」 2時限目が終わった10分休憩が始まった途端、扉をすごい勢いで開け放つ。そして、またもやクラスがざわつく中、水上の手を取って走っていく。吉住の視線を感じたが今はそれどころじゃない。  人気がいない三階、踊り場。 「次は移動教室なのに、ひど……」 「水上幸助、突然のクイズです。なぜ、私が怒っているのでしょーか!」 「吉住だろ。わるかったよ、あいつ恋愛なんかしてなかったんでしょ」 「ちゃんと恋バナだった、そこはいい! 問題なのは、彼女が後半にした【友達】の話」 「あらそう、意外。え、じゃあ何がご不満で?」 「吉住千秋、あの子が好きなのは——そこはどうでもいい。問題は、あの子が私に敵意を持っていたということ。敵にすることはなんだと思う?」 「パンチするとか……」 「ちっがう!! 正解は会話しながら毒を盛り込むこと!」  言われて気づいた。心なし柴咲玲夏の顔は青白く脂汗が浮いている。俯き加減になり壁に手をつく彼女。食あたりにあった人と同じだ。 「あの、病院いったほうがいいんじゃないか……?」 「無理よ、これは対処できない。精神的な物とあしらわれて終わり。仮病ともいわれかねない。ああ、吐き気と頭痛と、お腹も痛くなってきた……今日は早退する。いい? 今度からはあなたがまず相手を吟味して私に紹介してちょうだい」 「僕が? どうやって?」 「……とりあえず、恋愛相関図に私か水上が関与していないか、そこを精査するように」 「は?」  こんなに心配しているというのに、彼女は舌打ちをした。綺麗に聞こえるくらいの舌打ち。 柴咲は青い顔をしたまま、よたよたと壁伝いに階段を下りていく。 水上幸助は、基本お人よしであったが、こればっかりは理不尽だとか思えなかった。予冷が鳴って、さっと移動教室に向かうも、遅刻して先生に怒られたことが余計、腹立たせた。  翌日、柴咲玲夏が休みだったとしても知ったことではなかった。  × × × 「あのさあ、おすすめの少女漫画とかある?」 「おお、どうしたどうした。水上が少女漫画とはどういった風のふきまわしなのかな」  あれから、柴咲には連絡はしていない。が、仕方ないから少女漫画を読んで女心を勉強でもしようと考えた。こういうとき漫研に顔出すと情報収集は早い。 漫研と言いつつ、漫画を描いているやつは一人もおらず、好きなアニメの話や同人誌や漫画を読むのが主な作業だ。大竹は今日もガンプラを製作中だ。大竹の前に携帯が置かれており、ガンプラ制作を生配信している。動画の最高再生回数は12回だった。 水上は「別に少女漫画でなくてもいいし」と付け足したが、漫画の話とあれば吉住は、ずっと語ることができた。男子でも読めるおススメをいくつか教えてもらう。 「うちに全巻あるけど、貸そうか」 「いや、電子で買うからいいよ。ありがとさん」 「……なんか、水上って最近ちょっと変わったよね」 「まさか、明るくなったとか言わないだろうな。僕は仕方なく、柴咲に付き合っているだけで」 「誰も明るくなったとは言ってないし、柴咲のせいかとも言ってない」 「じゃあ、なんだよ」 「そうだねー」  吉住はじっと、水上の顔をみた。そして椅子から立ち上がり、距離をあけて頭からつま先まで眺めた。 「小奇麗になった?」 「失敬な。それじゃあ、まるで以前の僕は小汚かったみたいじゃないか」 「まるでじゃないよ。雰囲気野暮ったかったのに、ここ最近の水上は清潔感が出てきた」 「…………」  吉住も女子だったのだと再認識した。彼女の言うように、最近は鏡でチェックしてから学校に行くようになった。柴咲玲夏に「臭い」と言われても嫌だし「恋バナ見つけてこい」と言われているのだから、女子に近づくために綺麗にしておかないと思い始めただけだ。美容院に行くからお金欲しいと母に言えば「彼女でもてきたんか」と勘繰られでうっとうしかった。どこにでもいるタイプの親である。  髪はワックス、制服のアイロンがけ、肌の手入れを日課に取り入れた。まあ、これで気づかなければ女子ではないか。 「かっこいいだろ。素材が元々良かったのかも」  ふざけて言っただけだが、吉住が「うん」と短く言ったのには驚いた。  いつもなら「漫画でよくある展開だし、清潔感あるだけでモテると勘違いするやつは、吐いて捨てるほどいるよね」と返すはずだ。 「そういえば、この前、柴咲玲夏ちょっと怒っていたぞ。具合も悪くなった。お前、一体どんな恋バナしたんだよ」  気恥ずかしくなって話題を変える。すると吉住の機嫌も悪くなった。 彼女は黙って椅子に座る。推しキャラを描く作業に戻る。イラストはよく描いていた。絵がうまいのだから、漫画を描けばいいのに、っていつも考えるが、そんなに簡単じゃないと言って吉住が怒ったことがある。あのときのように、複雑すぎてよくわからない。 「別に。推しをさも現実にいるかのように語っただけだよ。水上、困っていそうだから、恋バナしてやっただけ」 「ふうん。吉住って、柴咲のこと嫌い?」 「嫌いに決まってるじゃん。自分のこと絶対、かわいいって思ってるよ、あいつ」 「女子って全員、自分かわいいじゃないの」 「ばっかじゃないの。ブスとかキモイとか言われたことがある女子がそう思えるわけない。生まれたときから美人に育つと言われた続けた女子しか、自己肯定感高くないんだよ」 「へー、じゃあさ、他人からかわいいって言われたら、かわいくなるの」 「かわいいって言われている子はそのまま、育つんじゃない」 「自分が、かわいいって思ってるだけじゃ、かわいくならないのか」 「なに、水上氏かわいいは作れるって思ってる部類?」  吉住が小ばかにしたように鼻で笑った。 「非科学的だけど、脳科学的にはアリだと思う。最近、かわいい人やかっこいい人って自己暗示して、努力しているのかな、と考えなおして」  何となく手持ち無沙汰になって携帯をいじりだす。少し、間があった。無視をされたのかなと考えたとき、ぽつりと吉住が言った。 「……やっぱり、ちょっと変わったよ。水上は」  手元をじっと見ている彼女の横顔をみた。相変わらずにまとまっていない天然パーマに横顔が隠れて表情は伺えない。それきり、会話がなくなった頃、二人の間に割り込んくる女子がいた。 「ちょっと、きいてきいて!!」 「う、浦部さん」  浦部は漫研と書道部、掛け持ちで持っている女子だった。髪の毛を左右で結んでおり、目が大きい。明るく、女子と男子からも話しやすい子だった。 「あたしね、あたしね……好きな人できたかも!!」 「な、なんだとっ」 「浦部さんは万年発情期じゃん」  前者は水上、後者は吉住の反応である。水上には「いいでしょ」と返し、吉住には「ひどーい」と返す器用な人物である。と同時に、浦部は恋多き女である。理性的なように見えて恋していないと息ができないタイプ(息ができないほどの恋というキャッチフレーズがあるが、逆である)。ちなみに、水上も彼女から告白されたら断れるか自信がない。 「今日の体育の授業で、グランドを友達と歩いていたら野球のボールが、失敗したのかな、あたしの方に飛んできたの。上からじゃなくて、足元ね。反応できずにいたら、野球部の森君が、すかさずミットでボールを拾ってくれたの」 「拾ったとき、なにか言われたわけ?」  吉住は恋バナがどちらかといえば嫌いである。彼女曰く、他人の色恋沙汰は私の人生に全く関与しない、とのことだった。しかし、浦部は気にしない性質であった。そのまま周りの空気を読まず続ける。 「森君は、後ろでびっくりているあたしに『危機一髪』って言って笑ったの」  キャー、といって口元を押さえて飛び跳ねる。こういう恋の始まりを話している女の子は、内心、かわいいと思った。その話をすれば、吉住にからかわれるので言わない。  森の様子を思い浮かべる。森は照れ屋だけど、まっすぐないいやつだと思う。選択授業でよく隣の席になる。口数少ないけど、いつも笑っている奴だった。 「よし、今の話採用」 「なあに?」 「まさか、水上——」  きょとん、とする浦部。思わず、顔を凝視してくる吉住。水上はお詫びといっては何だが口直しを用意すべきだと思っていたのだ。 「浦部、明日の放課後、僕に付き合ってくれない?」 「水上はあたしのタイプじゃないよぉ」 「ちげーわ。告白したのに、振られた気分……じゃなくて、会ってほしい女の子がいる」 「やめときな、浦部。話によっては気分を悪くするみたいだから」 「吉住、お前は相手を嫌いって思いながら話をしただろ。そういうのは伝わっているからな」  気を遣うのも面倒になって、ちょっと怒り気味に言うと吉住は乱暴にペンケースと紙をしまうと、大きな音をたてて扉から出て行った。 「なに、あれ」  浦部がびっくりしているが、水上はそれより次のアポが大事だった。 「たのむよ、きっと浦部なら大丈夫だから」 「?」 × × ×  柴咲玲夏はあの日から学校を休んでいる。まだ、復帰していないため先生にお見舞いに行くからと言って家の住所を教えてもらった。携帯に連絡しても返信がなかった。  浦部も一緒だった。 「ごめんね、付き合ってもらって」 「ううん。でも、柴咲さんも普通の女子なんだね。恋バナが好きってかわいいね」  ふふ、と笑う浦部。彼女に恋をしている男子も多いのが、少し会話するだけで伝わってくる。なんというか言葉が柔らかい。吉住はちょっと棘とスパイスがある。話していて楽しいけど、浦部とは違うものだった。  柴咲玲夏の家は電車通学組だった。電車からバスに乗り換え、バス停からまた徒歩。  少し勾配のある住宅街、携帯画面に表示されたマップを頼りに歩く。 「遠いね。朝は早く出ているんじゃないかな」 「柴咲の家からなら、うちの高校じゃなくて、もっと近い高校があるのに。同じ県立だし、理由があるのかな。部活も特に強いものもないし、進学校でもないのに」 「それを言ったら、水上君もそうじゃん」  浦部の言う通り、水上も家から遠い高校である。 遠い目をする水上を浦部は不思議そうに横から覗き込んだ。 「これまでの自分を知らない場所に行きたかったんだ」 「どういう意味?」 「浦部にはわからないだろう——」  ぽつぽつと浦部に昔話を始める。 幼稚園の頃は太っていた自分。小学校にあがるといじられるようになり、ダイエットをした。中学校ではモテるだろうと考えていたが、今までどうやって女の子と会話していたわからなくって、どもるようになる。  中学校でもひっそりと息をひそめて高校では、と意気ごんだ。ところが、髪が元々明るいのを先輩方に勘違いされ、入学式で「生意気な一年」と絡まれて以来、また息を潜めて時間が過ぎるのを待っている次第である。今は市販の物で髪を黒く染めている。  浦部は「大変だったんだね」とだけ呑気に返した。そうこうしている内に、柴咲玲夏の家に辿り着いた。  柴咲玲夏の家はごく普通の和風建築だった。だが、庭の木は伸び放題で道路に枝を伸ばし、少し除く庭の雑草は伸び放題だった。閑散とした雰囲気である。錆びた自転車が車庫にと止まっている。廃棄するのも面倒といったところか。  インターフォンを鳴らす。だが、反応がない。表札を見て確認する。 「あれ、住所はここのはずだけど【山下】ってなってる……」 「親が離婚したとかかな。柴咲さんと仲良くないからよく知らないけど」  顔が広い方である浦部が知らないに少し驚く。以前は【山下玲夏】だったのか。しばくぞ、とか言いそうなので、柴咲玲夏の方があっているね、と言ったらきっと殺されるだろうと面白くもないことを考える。 そういえば、柴咲玲夏って誰と一番よく話しているのだろう。違うクラスとはいえ、目立つ美人だ。いつも誰かとは話している印象だが、誰かとずっと一緒という印象はない。 「出直す?」  浦部が提案したときだ。横から声をかけられる。近づくまで気配を感じず二人とも驚いてしまった。背筋を伸ばし、きちんとした身なりをした痩せた女性。 「うちに何か御用でしょうか」 「お母さまですか、ぼ、僕はクラスメイトの水上と申します。玲夏さんがお休みなのでプリントなど届けに来ました……」  嘘である。プリントを持ってはいるが急ぎではない。その方が通してもらえそうと思ったからだが、母親はため息をついて「私が預かっておきます」とだけ言って会話を終わりとばかりに家の中に入ろうする。ありがとうもなく素っ気ない。 「待ってください、ちょっとだけ玲夏さんとお話できませんか」  水上が門扉を掴み、声をかけると鋭い目つきで睨まれる。 「甘やかさないでください。あの子は昔から仮病を使って周囲に構ってもらおうとする癖があるんです」 「仮病——」 「ええ。だから医者には滅多なことで連れていきません。言葉が視えるとか、悪い言葉を吸ってしまったとかでしょっちゅう、休みたがります。今回も腹が痛いとか気持ち悪いと嘘を言っていこうとしないで放ってあるんです」 「そうなの?」  浦部は柴咲が言葉を食べるという性質を知らない。そして親さえも知らないなら、彼女はずっと誰にも相談できずにいたということだ。水上はここで下がれないとばかりに母親の腕をつかんだ。 「知っています。承知の上で、友達だから少し話をしたいんです。お願いできませんか」 「……友達、あの子に」  母親はひどく疲れている様子だった。皮肉気にふ、と笑った。断るのも面倒になったのか、小さな声で「どうぞ」と言った。  木で玄関が隠れている。まだ、陽は落ち切っていないのに影の部分が多い家だった。 「お邪魔します」  ぎい、と門扉を開き二人は足を踏み入れた。 × × × 「来てくれたの、ありがとう」  パジャマ姿である柴咲玲夏はやつれて少し瘦せていた。食べ物も吐いてしまうらしい。柴咲玲夏は起き上がり、ベッドに腰かけた。  簡単に浦部に自己紹介をしてもらって、水上も柴咲玲夏が恋バナ好きだと紹介した。 「お菓子とか出せずにごめん……きっと、お母さんも出してくれないから期待しないでね」 「気を使わなくていいよ。早速だけど、浦部頼むよ」 「なんだか気恥ずかしいな。この流れで話す感じじゃなくない? あたしの話、つまらないよ」 「いいよ。浦部の前の恋の話でもいい。今の恋の話、これからしたい恋でもいい」 「いいの? 長くなっちゃうよ」  浦部は恋多き女の子。水上が言ってくれたように、前の恋の話からスタートした。サッカー部の先輩だった。浦部が県主催の書道コンテストに入賞したとき。飾った作品をひとりでじっくり眺めていた横顔に惚れたらしい。声をかけてお付き合いがスタートした。けれど、卒業前にお互いお別れがきた。喧嘩もしなかったし、いい思い出しかない。そして、次の恋は野球部の森。浦部は文系でありながら運動をしている硬派な男子が好きなんだと思った。  水上は確かに圏外である。  どの話も楽しく、喜怒哀楽をこめて話す浦部はまるで舞台での語りのようであった。スポットライトは彼女のもので、感情も浦部に同調してしまう。  話し方がうまい。体調が悪いはずの柴咲も身を乗り出し、笑っていた。 【ほんとうにすてきなの。もっとたくさんはなしていたいの】という言葉をすう、と吸っているのを見て安心する。柴咲の顔色が徐々に良くなってきた。 普通の女の子同士の会話に、女子会にいる気分でここに居ていいのか、多少の居心地の悪さを感じる。 「僕、先に帰るよ」 「えー、もう帰るの?」  浦部はもう少し話していたい様子だった。連絡先を交換までしている。 「うん。あとは女子だけで話していたらいいよ」  部屋を出たところで、柴咲が「水上、ありがとう……明日、学校でね!」と大声で言った。上から口調だった柴咲だけど、今の言葉は猫をかぶっていない本心だと思う。  居間にいる母親に「すいません、先に帰ります。遅くまで失礼しました」と言った。母親は「ごめんなさいね。何も用意できなくて」と淡々と答える。  玄関で靴を履きかけたところで、二階から笑い声が聞こえる。やっぱり、男子はお邪魔虫だ。母親が玄関まで追ってきた。 「玲夏が友達と呼べる子がいるのは幼稚園の頃以来です。あの子の友達は……私のせいでいなくなってしまったのもあります」  最後、ほんの少しだけ母親がほほ笑んだ。皮肉気なものではなく、どこにでもいる母親。それは一瞬だけで、また能面のような顔に戻ると一礼した。  【私のせいで】。離婚などで引っ越したからだろうか。何か言いたげだったが深堀はできない。水上幸助も笑顔で返した。  翌日、元気になった柴咲玲夏が校門前に立っていた。水上を見つけると顔を赤くして「お礼」と言ってコンビニのお菓子をくれた。お母さんからでもあると主張し続ける彼女がほんの少しだけ、かわいく思ったけれど言葉にはしなかった。
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