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3 「で、水上幸助はもう仕事がなくなったからフェードアウトしようとしてない?」 「いえいえ、そんな滅相もない!」  久しぶりに第二家庭科室に呼び出す。水上は相変わらず、柴咲玲夏には他人行儀な口調だが、これでも崩れてきた方だ。 「最近、おいしい恋バナ食べて頬もふっくらされてきたし、ペース緩めてもいいのかな、とも思っています」 「言霊は太らない。ゼロカロリーだからダイエット不要。水上も最近は女子と普通に話せるようになってきたじゃない。誰かいないの」 「柴咲さんは欲張りだなあ……まあ、探してみるよ」  彼女の言う通り、水上は最近、女子とよく会話をするようになった。重い荷物を持っていたら自然に手伝うよ、と声をかけることができる。 男子も女子も分け隔てなく話ができるようになった。吉住は水上が一人のときしか声をかけてこなくなった。水上は不特定多数の友達を持つようになり、あまり二人で話す機会も減っている。 「少女漫画を最近、読んでいるよ」 「なぜ?」 「華麗な舌打ちされて僕は自分たちを俯瞰して考えてみることにしたんだ」  えへん、とばかりに胸をはった水上だが柴咲玲夏は呆れたようにため息をついた。 「全くその成果出てないわね。実は私とあなた、そしてもう一人恋愛相関図に今現在、誰かいるの、わかっている?」 「僕と君は恋愛関係じゃないけど」 「そんなことはわかっているわよ! じゃなくて、誤解をしているとしたら? 本当はあんたのこと好きだったかもしれない立ち位置の子いない? ここまで言ったらわかるでしょ?」 「あ! 吉住千秋!」 「ご明察。ここまで誘導してあげないと気づかないとは。それで、あなたに恋する吉住の恋バナを食べてしまった私は毒を食らったというわけ」  今日はきちんとした卵焼きの入っているお弁当を食べている。母親が卵焼きだけ焼いてくれたと言って彼女はうれしそうに食べている。 「吉住が僕を好きとは限らないよ……だって、あいつの好きなのは二次元の〇〇様だよ」 「〇〇様って誰よ……ともかく、一言に好きといってもいろいろな形がある。誰かに恨まれているのは、よからぬ火種をつける。何とか解決しておいてね」 「どうやって?」 「吉住千秋と再びふつうに会話するようになり、たまにダサい恰好をして仲間だと認識してもらう。漫画の話で盛りあがり、電話をかけてやり、会話できそうな女子と三人で話す機会を自然に設けてあげたら溜飲が下がるんじゃない。少なくとも私ならそう」 「はあ? どうして僕がそこまでしてあげなくちゃいけないんだ」 「不満かしら。だとしたら吉住千秋を切るという決断をすることになる。私としては中途半端になっているより、幾分かマシ。あなたの縁が切れたら私が恨まれなくて済む」 「…………切るのも違う気がする」 「よく考えて。でも、このまま放置はやめてね。嫌な予感がするから」  ご馳走様と言って、彼女はきちんとお弁当を包みに戻す。そして、席から立ち上がりいつも通り、 「何をしているの、鍵をしめなきゃいけないから早く食べて」  と命令してきたのだった。水上は慌ててお弁当を口にかきこむ。  と、ふと思い出したので柴咲玲夏に訊いてみる。 「そういや、君のお母さんが幼稚園の頃から友達いないって言ってたけど、本当? 逆に、幼稚園の頃はいたんだな。覚えている?」 「……知らない」  いつもなら饒舌に返してくるのに、そのときの柴咲玲夏は全てに対して「知らない」とだけ返した。これ以上は聞いてはいけない黒歴史なのかもしれない。水上幸助は黙々と弁当を流し込んだ。 × × ×  柴咲玲夏の悪い予感は当たらない——水上は穏やかな日々を送っていた。少女漫画を読むうちに何となく女子が何を考えているかわかってきた。「イケメンのことで頭がいっぱいだよね」と柴咲に言ったら「出直してこい」と言ってはたかれた。何故だ。  吉住とも何となく話すようになった。二人でいるときは普通だった。水上が社交的になってきて、よく人と話すようになり、たまに吉住を置いて呼ばれてしまうことが多くなったくらい。別に吉住だって僕以外と話せばいいんだと水上は気にしないことにした。  あるとき、恋バナを柴咲玲夏に聞いてもらうと成就する、という噂が流れ始めた。発端は浦部と野球部の森がくっついたことによる。森は告白をいくつも受けていたのだが、部活の練習があるからと断っていた。けれど、浦部が成功したことでジンクスに繋がった。  いよいよ、水上の仕事はなくなった——と思ったのだが。 「【水上幸助はかっこいい】」  下駄箱で上履きをしまっていると、凛とした声が聞こえた。振り向くと柴咲玲夏が言葉とは裏腹に、怒りの形相で仁王立ちしている。そして浮かんだ言霊をがしっ、と掴むと水上の口に無理やりねじこんだ。 「うっ、ぐっ……!???」  控え目に言って苦しい。むしゃむしゃと食べると、ほんのり甘いジュースのような味がした。濃度が濃くなっている。ちょっとは感情を込め始めているのだろうか。 「ありが……とうございます」  一応ルールなので、お礼を言って咀嚼する。 「これは前払いなんだけど。柴咲玲夏に恋バナをしたらその恋は叶うっていう都市伝説みたいなの、どうにかしてほしい!」 「黙っていても恋バナが届くんだぞ。まるでデリバリーみたいでいいじゃないか」  最近は、柴咲玲夏と話すのが怖くなく今みたいに普通に話すことができた。彼女の威圧的な態度は相変わらずだけど、そこまで怖がらなくてよくて対等だと思える。  柴咲玲夏の艶やかな黒髪が揺れ動く。 「デリバリーってあなたは……いい、質を問わずあれやこれや食べていたら消化不良を起こすわけ。水上が厳選して毒見したやつだけにしたいって以前にも伝えたはずだけど。あと、私は特定の女子と仲良くしないようにしている!」 「なんで。浦部咲子とは仲がいいじゃん」 「浦部さんみたいに、性根が明るくまっすぐな子は少ないの。みんなどこかしら、嫉妬をしたり、承認欲求を満たすのに私みたいなのがいたら邪魔だとか考える。女子は共感力を得る代わりに人と比べたがる。私は美人で成績優秀で、おまけにスタイルもよくて運動神経も抜群。部活は裁縫部なのは比較的しゃべらなくていいから。わかる? 目立ってはいけないし、深くつきあってもいけないの」 「自分のことをよく、そこまで認められるよ……」 「当然、どのくらい努力していると思っているの! ナチュラルメイクとダイエットの研究とヨガタイムと日々の美容タイム、流行の当たり障りない話題に、人間関係円滑に進むための本を読む時間に……」 「でもさ、柴咲さんは僕の見解だけど、本当は友達ほしいって思っているでしょ?」  水上は以前から確信していたことを初めて彼女に言おうと思った。柴咲玲夏は言霊が視えて、食べることができるけれど、肝心の自分の心が視えないようだった。 「なっ、何を偉そうなっ、私がいつ——」 「恋バナ食べなくても生きていけるし、言葉を交わさず静かに生きていくことだってできた。恋バナを僕に集めて来いって言ったのは単純に僕が言霊を見ることができたからじゃない。君は、人とのつながりを求め始めただけだよ」 「…………み、水上幸助のくせに、生意気な!」  顔を真っ赤にして毒をはく柴咲玲夏。白い肌がピンクに染まっているのは、控え目にいってかわいすぎる。以前は、彼女の存在が大きすぎて背が高いように感じていたが、水上よりも背が低く、目線はいつだって下だった。たぶん、いきなり抱きしめたら動けないだろうな、とか相手が知ったら、激怒しそうなことを考える。  ここまで思考し、水上幸助は重要なことが脳裏をよぎり、戦慄した。重大なことに気づいてしまった。毛穴から汗がどっと出た。 「あ、ちょっとまずいかも」 「なにが」  柴咲玲夏が友達を欲しい、という指摘をしている場合ではない。水上幸助の鼓動も早くなっていき、呼吸も浅くなってくる。 現実を受け入れられない。  ――まさか、柴咲玲夏のことを好きになり始めている? 「ああ……しまった。そんなつもりなかったのにな……ベタすぎないか……」  思わず本人がいるのに、声に出し顔を両手で覆い俯く。柴咲玲夏が漏れてしまった【しまったなそんなつもりなかったのになべたすぎないか】を口に入れようとしている。  慌てて阻止して、言霊を両手で打ち消した。煙のようにかき消される。良かった、視える人で。きっと今の言霊を食べたら以前、彼女が言っていたように独占欲や支配欲、下心の味がしたはずだ。 「ちょっと! こちらは契約上、水上がなにを考えているか知る権利があるはずよ」 「いいや、無いね! プライバシーの侵害反対、ダメ絶対!」 「すごくケチ。ドケチ。お腹減ったなあぁぁ」 「言霊じゃなくて胃袋を満たしたらいいじゃないか」 「じゃあさ、水上のおごりでモックドナルド行こう♪」 「僕のおごり?」 「そっ!」 「いやだよ、何で僕が——」 「……学校帰りにクラスメイトとモックを食べたい人生だった」  遠い目をする柴咲玲夏。さきほどの友達が欲しい、の指摘がよっぽど恥ずかしかったのだろう。ここは仕方ない。 「はいはい、わかりましたよ。いいでしょう、満額おごりましょう!」 「おお、さすがそれでこそ我が下僕」 「待て待て待て、お嬢さん、怖い怖い。その思考回路だめですよー」  今日は昼までの授業だったので、お腹は減っている。財布の中には二人分のモック代金くらいあったはずだ。よし、いいだろうと胸を張る。水上だって女の子に学校帰りにモックをおごる、という一大イベントをやってやろうと意気込んだ。  そんな下駄箱あたりでの、やりとりをじっと見る人物がいた。  その人物はすぐさま携帯をタップした。そして、昔からの友達に連絡をする。 「――もしもし。柴咲玲夏が男連れてモックだってさ。いいよね。いつだって奢ってもらえて。そっちの高校でも評判なんでしょ、ビッチだって。うちの高校でも嫌っているやついっぱいいるしさあ……」  ただの愚痴。そう、仲のいい友達に言ってみただけ。それが周り回って柴咲玲夏が最も、嫉妬する【彼女】に辿り着くとは、このとき電話をした本人は知る由もないのだった。 × × ×  モックは、学生などがたくさんいた。最寄りの駅で一番近いモックだから仕方ない。でも、うちの制服は一年生くらいだと思った。うちの学年もいるけど話したことがない子たちばかり。  柴咲玲夏は案外、大口をあけてビックモックを食べ始めた。女子ならテリタマじゃないのかと勝手なことを思いながら自身はテリタマを頬張る。出来立ては美味しい。学校帰りに食べるモックは解放感に満ちていた。コーラとポテトLサイズはマストアイテムだ。 「まさか、大手を振って青春を実感できる日が来ようとは」 「大げさだな。しかし、柴咲が友達と行ったことがないのは意外だよ」 「男女問わず、誘われたら塾があるからと断っているの。もしくは今度カラオケ行こうで乗り切る。歌ならまあ、何とかなるからな。モックへ行った女子は恋バナか悪口を言わずにおれない悲しい生き物だから……あと単純に私が金を持ってない」 「え!」  絶句してしまう。いまどき高校生でお小遣いがない。生きていけないかも。 「必要なものはお母さんに言ってお金申請する制度。お母さんはお父さんが出ていったのは私のせいだと思っている——事実、そのとおりだし——だから、なるべく迷惑かけないようにしている、従って常に金はないの」  結構、わけあり家庭な気がするけど、よくある話だし柴咲玲夏が平然と言ってのけるので家庭のことは言及しないことにした。代わりに別のことを問う。 「バイトは? 柴咲ほど猫かぶれる美人だったら受かるだろ。モックの店員はかわいけりゃ受かると聞くけど」  現にうちの高校の子もここで働いている。うちの高校は親の許可書さえ出せばバイトOKだった。 「一度、ファミレスはやってみた。でも、バイト先で倒れたことがあって二度と許可おりなくなった。シフトの隙間時間で店長の悪口大会が始まってしまって、気分悪くなったから」 「あちゃ……」 「果たして、これからちゃんと一人で生きていけるのか。老い先不安だわー」  ストローで音をたててコーラを飲む彼女。柴咲が珍しく不安を口にしている。だというのに、何もいいアドバイスが浮かばない。水上自身もバイトはしたことがない。でも、何か言いたい。 「僕は、昔けっこう太っていたんだけど」 「うん?」 「幼稚園の頃、僕は泣いている女の子をみた。ひとりで泣いているなんて、先生なんで気づかないんだろ。おかしいなって声をかけたんだ」 「水上って昔から他人に興味ないと思ってた——それで?」 「泣いている女の子はかわいかった。汚れていてもかわいかった。僕だけが先に気づいたって考えるとその日は眠れなかった。声かけたときは、一瞬で注意が逸れたのだけど、帰ってお風呂はいっているときに決意した。よし、ダイエットしようって」  柴咲が「おお、初恋の味がする」とか言いながら言霊とチキンナゲットを同時食いしだした。意地汚い。 「でも、その女の子はその翌日、引っ越しをして出会えなくなった。名前も覚えてないし、僕もダイエットに夢中になって、ずっと忘れていた。今、なんとなく思い出した」 「甘酸っぱいじゃない」 言霊を存分に吸い終わったとき柴咲玲夏は「うそでしょ!?」と言って立ち上がる。いきなりのオーバーリアクションに、水上はポテトを喉に詰まらせた。口内の水分をよく吸収する物体である。 「――ちょっと待って、あなたが……」 「あんたが柴咲玲夏?」  柴咲玲夏の声を遮るもう一人の声。 水上と柴咲はテーブルを叩いた手をまず見た。 視線をあげると、細見で色の白い華奢な少女が立っていた。だぼっとした制服を着ており肩までの髪はまっすぐで目元のメイクを明るくしているが、クマが隠せていない。やつれており、痩せすぎであった。 「【かほ】……ちゃん……?」 「そう。【山下果歩】ね」  柴咲玲夏の声かけに彼女は【山下】を強調した。柴咲玲夏に他校で友達がいたとは知らなかった。思えば、柴咲玲夏のことは知らないことばかりである。  友達との再会だというのに柴咲玲夏は震えだした。怒り、恐れ。それがどういった感情のものか水上幸助が訊ねる前に、彼女は席を立ちあがる。かほ、と呼ばれた少女がぼそっと言い放つ。 「話があるの。ついてきて」 「…………」  二人が言葉少なげに合意して行こうとするのに、水上幸助も当然ながら着いていこうと思った。が、柴咲玲夏が店内で叫んだ。 「こないで……!」 「――え」  いつものふざけた様子もない。完全なる拒否に動けなくなった。さっきまでの楽しい放課後寄り道が嘘のように、消えてしまった。
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