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「今日は、本当にありがとうございました」
マンションの十二階、私の部屋の前まで送ってくれた朔斗さんに丁寧にお礼を言った。
「こちらこそありがとう。疲れただろうから、よく休んで」
「朔斗さんこそ私にもずっと気を配ってくれていたから疲れましたよね。ゆっくり休んでください」
すると朔斗さんは小さなため息をついて私の顔を覗き込んだ。
「うん、疲れたな……彼女のキスがあれば元気になるんだけど」
(ええっ、マンションの廊下でキス⁉︎ 誰か来たらどうしよう)
戸惑ったけれど朔斗さんは柴犬のような可愛い瞳で私を見つめてくる。エレベーターは今動いている様子もないし、今のうちに思い切って……。
そう思っていたら、朔斗さんのほうからチュッと軽くキスをされた。
「……!」
頬がまたしても熱くなっていく。朔斗さんは涼しい顔をしているのに。やっぱり彼のほうが一枚上手だ。
「迷ってる様子がすごく可愛いから、俺からしたくなった」
「う、嬉しい……です……」
真っ赤になった私の顔を満足気に見つめて、朔斗さんは手を上げる。
「じゃあ明日、また会社で」
「はい、お休みなさい」
冷蔵庫からペリエを取り出し、ベランダに出てみた。冷たい風で顔のほてりを鎮めたくて。
(今日は本当に素敵な日だったな……)
キュッと音を立ててペリエを開けると、頭上からコンコンと音がした。
見上げると、朔斗さんが上階のベランダから顔を出していた。手には何か飲み物を持っている。嬉しくなって手を振ったら、朔斗さんはグッと身体を乗り出してきた。
「さ、朔斗さん! 危ないです!」
他の住人に迷惑をかけてしまうので大声は出せないけど、ものすごく焦って声を掛けた。朔斗さんはくっくっと笑って、大丈夫、心配しないでと言っている。
ベランダの上と下で笑い合って、こんなことがとても楽しくて。私は心から幸せだと改めて思った。
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