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ニューヨークからきた上司
「光宗さん」
「はい」
木藤マネージャーに呼ばれ、私は立ち上がり彼のデスクへ向かった。
マネージャーが見ているのは私が先日提出した企画書。以前から練っていたものだけど、マネージャーにアドバイスをもらってグンと良くなったと思う。
「今回は、この企画で動くことにしたから。上の許可も出た。これからは君に中心となって動いてもらう。頑張れよ」
「――はい! ありがとうございました!」
マネージャーはニッと笑うと(ホントは、優しく笑ってるんだと思うけど。彼の薄く形の良い唇が片方だけキュッと上がるのを見ると、どうしてもその形容詞になっちゃう。クールイケメンの微笑みって罪よね)、必要な資料をドサッと渡してきた。
「おっとと……」
思わずそんな言葉が出るくらいの量。いや、全然持てるけども。
「忙しくなるけれど、皆で協力するからな。一人で抱え込むなよ」
「はい、ありがとうございます」
席に戻ると隣のデスクの掛川美保が背中をパシっと叩いてきた。
「やったね、おめでとう梨沙! あの企画良かったもの。通ると思ってたわ!」
「ありがと、美保。木藤マネージャーのアドバイスのおかげだけどね」
「それでも梨沙の実力よ。頑張った甲斐があったじゃない」
そう、実を言うとホントに頑張ったのだ。
社会人四年目になろうというのになかなか自分の企画を通すことが出来ず、煮詰まっていた私。アイデアはあるのに、それをどうプレゼンするか、そこが難しくて美保を始め同期たちに置いていかれそうになっていた。
そんな私を救ってくれたのが、四月にニューヨーク支社から異動してきた木藤マネージャー。歳は私より三つ上の二十九、180センチ超えのスラリとしたスタイル、趣味はテニスという絵に描いたようなイケメンだ。
彼が初出社してきた朝、本社ビル内の女性全員が大袈裟ではなくざわついた。あれから半年が経つけれど今だにその熱は冷めていないようで、用もなくうちの部署に現れる人の多いこと。
(ま、私には関係ないけど)
私、光宗梨沙は地方から上京し大学を卒業後、この白神商事に奇跡的に入社することが出来た。日本で三本の指に入る大きな商社で、白神グループのなかでもトップに位置する大会社だ。仕事は忙しいけれど給与も高いし福利厚生もしっかりしている。女性活躍にも力を入れていて、結婚・出産後も復職する先輩方が多い。
私は絶対にこの幸運を手放すまい、ここで最後まで勤め上げようと心に決めている。
(来年には和真と結婚して、三十までに出産して復帰するつもり。そのためにも今回の企画は必ず成功させなくちゃ)
来週からは新プロジェクトで忙しくなる。偶然にも今日は八年めの交際記念日で、元々和真と食事に行く予定だった。
(しばらくはゆっくりできないから、ちょうど良かったわ。奮発して予約入れたレストランだし、思いきり堪能しよう)
仕事もプライベートも順調。私は頭の中で鼻歌を歌いながら残りの仕事に集中した。
まさか、この後どん底の気分に落ちるとは知らないままで。
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