二 リレーチーム始動

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二 リレーチーム始動

 運動会のリレーの選手に選ばれた。六年三組は他に男子ショー、コム、女子千雪、野山さん、そしてフローラだ。六年三組の五十メートル走のタイムは一位自分、二位は何とフローラだった。その後、コム、ショーと男子が続く。クラスの女子の中では一番運動ができ、足も速かったのが千雪だった。フローラが来てからは、そのお株を奪われたような形だ。もっとも、マット運動では柔軟性の高い千雪がその地位を今も守っているが。フローラはどうも体が硬そうだ。  ウチの小学校では秋の運動会と合唱コンクールが二大イベントだ。運動会の中では、クラス対抗リレーが一番の花形。最上級生の六年のリレーは最後に行われる。各クラス男三女三、走る順番は自由に決めてよい。 「六年生は一人校庭一周ね。一番の敵はやっぱり(うん)(かい)先生の一組ね。あなたたち、絶対勝つわよ!」  木内先生気合が入っている。三十代(だと思う)の女の先生。独身。みんなからきうっちゃんと呼ばれている。きうっちゃん結構負けず嫌いなんだな。  雲回先生は一組のこわい先生。一組は全校朝会の整列でもいつもピシッとしてて私語一つない。軍隊組織みたいなクラスだ。  それに比べるとウチの三組は。 「ほら高橋君列をはみ出さない」 「あーきうっちゃんそんなに怒ると、ほら、眉間のしわ、取れなくなるよ」 「えっ、うそ」  木内先生が左手で眉間を触る。 「ってきうっちゃんじゃないでしょ、木内先生」  クラスに笑いが起こる。一組は三組のそんなガチャガチャな列には目もくれず、真っすぐ前を見て静かにしている。  一組と三組が両極端で、間の二組は特徴のない、目立たないクラス。この三クラスで競われる。 「先生ね、秘策を練ってきたから、今日の昼休み、校庭に集まりなさい」  昼休み。六人で校庭に向かう。 「きうっちゃん気合入ってんな。一組って生沼だろ。あいつ半端なく速いからな」  ショーが話している生沼。区の大会の男子五十メートル走で六位入賞している。校内一のスプリンター。 「生沼きっとアンカーだろ。その前にどんだけリードできてるかだよな」  コムが両手を頭の後ろに組みながら答える。コムは体は小さいがすばしっこくて忍者のよう。  後ろに三人女子がついてきている。フローラもいる。三人何を話しているのだろう。千雪はクラスで一番活発な女子グループの一人。野山さんは静かな二人組の一人。女子で三番目に足が速いとは意外だった。男三人はいっつもつるんでるメンバーだけど、この女子三人はみんなバラバラだよな。結局フローラはどの女子グループにも入らないということに女子グループの間で暗黙にまとまったらしい。各グループともフローラには優しい。「おはよ!」とかちょくちょく声をかける。しかし深くは関わろうとしない。コトバの問題があるから難しいのかもしれないが、それでも何か散歩中の知らない人の愛犬を「かわいいかわいい」となでてやっているのと変わらないような感じがする。六年も後半で女子たちには既にグループ間でもグループ内でも均衡が出来上がってしまっているようだ。女子って何かめんどくさそう。オレらだったらそりゃショーとかいつも寄ってくるけど別に他のやつらともフツーに仲いいし、みんなで騒げりゃいいって言うか。そんなこんなでオレら男子は女子とはあまり話さない。あえて話すとすれば一番活発な女子グループくらいか。あいつらだけはちょくちょくこっちに話しかけてくる。  校庭に木内先生がいる。ジャージ上下に首から笛をぶら下げて。やる気マンマンじゃん。 「おー来たねー。こっちこっち」  木内先生が声を上げる。フローラと野山さんなんてスカートだよ。 「よーしみんなここに座って」  七人輪になって体育座りする。 「小室君、一組のスパイが周りにいないか確かめて」 「ラジャー」  コムがさっと立ち上がりシャシャシャッと周りを見る。ホント忍者みたい。きうっちゃんもやっぱそう思ってるからコムに偵察させてるのかな。 「きうっちゃんだいじょぶ」 「OK! じゃあ作戦会議始めるわよ」  何だか六人に秘密のミッションが与えられるみたいで少しワクワクする。 「まずは走る順番。一組は生沼君がアンカーだろうからその前にどれだけリードを作れるかよね」  何かすごいこと言うのかと思ったら、きうっちゃんそれさっき六年生忍者コムが言ってたことと全く同じ。 「みんな一列に並んでうつ伏せになってあっち向いて。それで先生がパンと手を叩くから音が聞こえたら素早く立ち上がってこっちを向いて」  木内先生が身振り手振りでフローラにも伝えている。 「よーし。みんな準備できた。それじゃあいくわよ。よーく聞いて」  一秒、二秒、三秒。  パンッ。  さっと立ち上がって木内先生の方を向く。 「ふむふむ。思った通りね。もう一回やってみましょう。さあ、もう一度うつ伏せになって。フローラワンスモアね」  六人うつ伏せになる。  一秒、二秒、三秒。  パンッ。  急いで立ち上がり木内先生の方を見る。 「OK! みんなありがとう。やっぱりコムが一番反応が速いわね。コム・ファステスト。第一走はコムでいきましょう」 「イエーイ!」  コムがピースサインをしている。第一走者コム。うん。いいと思う! 「次からは重要なのがバトンパスよ。これから運動会までにみんなの足が急にもっと速くなることは難しいけど、バトンパスは練習すればどんどん速くなるから」  全員立ったままきうっちゃんの話を聞く。 「そこでアンダーハンドパスよ。こんな風に下に構えるの」  きうっちゃんが親指と残りの指でVの字を作り、手を下に降ろし、手のひらを後ろに向ける。 「ちょっとショー同じようにやってみて」  きうっちゃんの隣にいたショーが右手できうっちゃんと同じ形を作る。 「そうそう。それで走ってきた人と握手するようにバトンを受け取る」  きうっちゃんが持ってきたバトンを左手に持つ。 「こんな風にバトンのお尻の方を左手で持って。それではい」  きうっちゃんが下から押し出すようにショーにバトンを渡す。二人の手が軽く重なる。 「これがアンダーハンドパス。手を下げているから思いっ切り走りながら受け取れるの。それでもう一つはオーバーハンドパスなんだけど、これはほら、こう手を上げて受け取るやつ」  きうっちゃんが右手を後方水平に伸ばして手先を親指からひねって手のひらを上に向ける。フツーよく見るやつだ。 「これだと手を伸ばした分距離は稼げるけど、こんな状態ではもらう側は思いっ切り走れないの」  ふむふむ、なるほど。 「アンダーハンドパスの難しいところは近づかないと渡せないところ。受け取る側が思いっ切り飛び出して、渡す側がそれを追いかけて心を合わせて渡す。これは仲間の信頼関係が何よりも大事なのよ」  いやバトン渡すだけでしょ。きうっちゃん大げさだなーもう。 「あとバトンの持ち替えはやめましょう。余計なことはしないで走りに集中、それでバトンの受け渡しは必ず反対の手ね。右手で持ってたら相手の左手に、左手で持ってたら相手の右手に。そうしないと後ろの人が勢い余って前の人にぶつかっちゃう危険があるから」 「きうっちゃん話すよりみんなでやってみた方がいいよ」  ショーが言う。 「それもそうね。でもその前に順番よ順番」  そうそう、走る順。 「ウチのクラスで一番速いのが夏樹、次がフローラ。この二人をどこに置くかよね」 「最初に超リード作るんだったら、僕の次夏樹、んでフローラとか」とコムが言う。 「先生それも考えたわ。でもやっぱり最終種目のリレーでは一番速い人をアンカーにすべきだと思うのよね。何だかんだ言って一番責任重大だし、一番目立つし、そこはやっぱエースに走ってもらわないと」  コムも 「そうだよね」 と賛成する。 「夏樹がトップスピードで走り出すんだったら、その前は夏樹の次に速いフローラがいいと思うの」  きうっちゃんの話が熱を帯びてくる。 「ワン・コム、ファイブ・フローラ、シックス・ラスト・ナツキね」  木内先生がそれぞれを指差す。フローラこれでわかったかな。 「そうすると前半で貯金を作るという意味では二走三走四走が重要になってくるんだけど、二走千雪三走野山さん四走ショーでどうかしら」 「いいと思うよ」  ショーが賛成する。 「私もそれでいいよ」  千雪も言う。 「野山さんはどうかしら」 「私はどこでも。みんなの足引っ張っちゃうから」 とうつむき加減で野山さんが言う。 「野山さん十分速いよ。先生の十倍は速いわね」 「きうっちゃん遅そうー」  コムがきうっちゃんをからかう。 「自慢じゃないけど先生生まれてから一度もリレーの選手に選ばれたことないわ」  みんな笑う。  きうっちゃんが 「アイム・スロー・ランナー」 とフローラに言う。フローラも笑う。 「OK! じゃあワン・コム、ツー・チユキ、スリー・ノヤマサン、フォー・ショー、ファイブ・フローラ、シックス・ラスト・ナツキで決まりね!」  きうっちゃんがもう一度一人一人を指差しながら言う。  キーンコーンカーンコーン。  昼休み終了の鐘。  きうっちゃんが慌て出す。 「あ、ごめん。もうこんな時間。ヤバイヤバイ。みんな急いで教室戻りましょう。レッツゴーバックトウクラス・ハーリーハーリー」  さっきから他の生徒たちは皆校舎に戻っていって校庭には他に誰もいない。先生が一緒だし大丈夫と思ってたんだけど。  七人が走りながら校舎に戻る。 「みんな明日から昼休みはバトンの練習ね。リレープラクティスアットランチブレイクタイムフロムトゥモローね。みんな校庭に集まるように」  六年三組リレーチーム始動!
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