十二 朝のひらがな練習帳

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十二 朝のひらがな練習帳

 一日学校を休んだ。今朝はもう大丈夫だ。 「うん、熱もないみたいね」  かあちゃんが体温計を見ながら言う。よし、一日遅れたけど今日早く米谷に謝ろう。気持ちがそわそわしていつもより三十分早く家を出た。  教室はまだ人が三、四人。早朝の教室ってこんな感じなのか。皆それぞれ自分の席に座って思い思いに本を読んだりしている。あ、フローラもいる。窓際の一番後ろの席で何か本を見ながら書いている。廊下側の一番後ろの席に静かに荷物を置く。するとフローラがこちらに気づいてパッと手を挙げて近づいてきた。 「Are you okay? 」  心配そうに聞いてくる。 「ああ、大丈夫。OK、OK」  そう言うと、フローラは安心したようににっこり笑った。 「フローラ早いんだね」  フローラはにっこり笑ったまま少し首をかしげる。 「えっと、ユーアーアーリー」 「Oh! Yes, I like morning. 」 「そうなんだ」 「I was practicing hiragana. Please come. 」 と自分の席に連れて行く。フローラの席に行くのはこれが初めてだ。 「See? Hiragana. 」  ノートにひらがなが書かれている。大きく丁寧に。 「上手だね。Very good! 」 「Thank you! 」  フローラは嬉しそうにノートをぱらぱらとめくる。 「I like the shape of hiragana. It's beautiful. 」  え、うん。何。えっと。 「ひらがな、きれい」  フローラがそう言いながら、ノートに 「きれい」 とひらがなで書く。すごいフローラ! この短期間にここまで。 「おおーっ」  パチパチと手を叩く。教室に少しずつ人が増えてきている。 「フローラおはよ」  フローラの前の席の森野がフローラに挨拶する。 「おはようさつきちゃん」  フローラも明るく答える。森野は物珍しげにこちらを見る。オレには挨拶ないのかよ。 「Natsuki, please write your name in hiragana. Right here. 」 とノートの新しいページを示して鉛筆をこちらに渡す。名前を書けばいいのか。 「OK!」  ノートに大きな字で 「えいのなつき」 と書く。ひらがなの名前。何だか少しなつかしい。小一のときかあちゃんが色々な持ち物に書いてくれていたよな。 「漢字も書いとくよ」 と言って 「栄野夏樹」 とその隣に書いた。フローラは縦書きの練習帳を使っている。 「Thank you! 」  何かもっと書きたくなってきた。フローラの隣のショーはまだ来ていない。あいついっつもチコクギリギリだからな。  森野が横向きに座ってこちらに体を向ける。 「あ、名前ね。前に私も書いたよ」  そうなんだ。 「でもさ、あんたと私の名前ってひらがなにすると何か似てるよね」  森野が 「えいのなつき」 の横に 「もりのさつき」 と書く。 「うわー、うれしくねー」 と森野がにがい顔をする。 「オレだってうれしくねーよ」 「なつき」って名前は女子に間違われるからあまり好きではない。弟の冬馬とかショーの翔真みたいに男っぽい名前がよかったな。 「わたしも」 とフローラが言って 「栄野夏樹」 の横に 「フローラ スヴェンソン」 と書く。 「I like hiragana better than katakana, but unfortunately, my name needs to be written in katakana, because I'm gaijin. 」  フローラがゆっくりと英語で言ってくれる。フローラの言っている意味がわかる。うれしい。 「そうだよな、フローラはカタカナだよな」  ガイジン、ガイジン。そうだ、米谷だ。米谷にさっさと謝りたくて早く学校に来たんだ。でもそろそろ時間だし、次の休み時間でいいか。フローラとこんなに話せたし。あ、でもショーが来る前に自分の席に戻っとくかな。またからかわれる。  何も言わないでこの場を離れるのも何か変だし。 「じゃあフローラがんばれよ」  ノートにも 「がんばれ」 とひらがなで書く。  フローラはぱっとは理解できてはいなそうだがニコニコしている。バイバイといった感じでちょっと右手を振ってその場を離れた。席に戻る途中、ショーが教室に駆け込んできた。おー間一髪。 「セーフ! お、夏樹! 元気になった?」 「おうよ。もう大丈夫」 「夏樹が病気なんてらしくないよな」 「はいはいバカは風邪引かない」 「そゆこと」  戻ってきた。学校に戻ってきた。
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