四 雨の給食タイム

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四 雨の給食タイム

 昼休みの校庭でのバトンパス練から二日、雨が降り続いている。  六年三組は給食を班ごとに食べる。一班四人の計六班。  きうっちゃんは今日は四班と給食を食べている。日替わりで各班を順番に回って一緒に食べているのだ。 「えーウチら一年生じゃないんだしそんなのいいよー」 とクラスでは口々に言っていたのだが 「そんなこと言わないでよー。先生だけ前で一人で食べるの寂しいじゃん。お願い! 交ぜて!!」 ときうっちゃんが懇願して 「先生仕方ないなー」 となったのである。  ウチの給食は自慢じゃないけどあまりおいしくない。給食のグリーンピースを食べて気持ち悪くなってそれ以来グリーンピースが食べられない。家で「だまされたと思って食べてみなよ。ウチのは絶対大丈夫だから」と言われても全てよける。あのぎにゃーっと腐ったような緑の物体が口の中に広がると思うと。 「給食残さず全部食べるのよ」  向かいの四班できうっちゃんが一年生相手みたいなことを言っている。  その奥の六班。フローラが窓を背に座って、給食を食べている。しとしと雨が降る暗い外。フローラは最初から箸を上手に使っていた。お父さんが大使館勤めなので家の中でもインターナショナルに色々な事教わってるのかな。それにしてもウチの給食どう思っているだろう。きっと口に合わないよな。それでもフローラはゆっくり残さず食べているようだ。きうっちゃんを見るフリをしてその先のフローラをちらちら見る。六班はフローラも交じって盛り上がっているときもあれば、今日のように静かなときもある。この雨のせいだろうか、今日は教室全体が静かな感じだ。あのコムですらいつもよりは大人しい。とは言っても落ち着きなくひっきりなしにしゃべったり何かちょっかい出したりは変わらないんだけど。なのでコムのいる三班がいつも一番にぎやかである。  とまあ三組はこんな感じで班ごとに先生も交ざってわいわいと食べているのだけど、給食当番のとき廊下からちらっと一組を見たら、全員授業のままの形で、前で座って食べてる雲回先生の方を向いて黙々と食べていた。ひやっとした緊張感。こんな風にして食べてもおいしくないだろ。ってどんな風にして食べてもウチの給食はおいしくないんだけど。  一組の中では仲のいい秋介によると 「雲回先生が「食事前に机を動かすと埃が舞って不衛生だからこのまま食べよう」って」 と言うことらしい。 「それで、先生が「せっかくの時間だし、毎日みんなで何か一つお題を決めてそれを話し合いながら食べないか」って言ってきて、毎回最初に一つお題を決めてから食べ始めるんだよね」 「お題って例えば?」 と聞いてみると 「何でもありだよ。「他のクラスの子が廊下を走っていたらどうするか」とか「好きな本のこと」とか「英語の勉強はどうやったらいいか」とか」 との答え。 「へー」 「他のクラスの子」って多分ウチのクラスのことだろうな。 「他にも、「昨日のサッカー日本代表の試合のこと」とか何か大きな社会ニュースのこととか」 「へー。それってみんな発言するの?」 「よく話す人はだいたい決まってくるけど、先生がまんべんなく指名したりしてる」 「それって面白い?」 「ためになるよ。もう来年中学でガキじゃないんだし、ぎゃあぎゃあ騒いでるよりはよっぽどいい」  えっ秋介そんないい子ちゃんタイプじゃないだろ。四年のときなんかショーと秋介でしょっちゅう先生に怒られてたじゃん。 「そんなもんかなー」 「そうだよ。雲回先生が言ってたんだけど、先生も本当は木内先生みたいにみんなとわいわい楽しくやりたいんだって。でもそれではみんなのためにならない。友達づき合いではなくしっかりと先生としてみんなを一人前に扱って一人一人自分でしっかりとした物差しを持って行動できる人間になるようにと心を鬼にして厳しく接してるんだって」 「へー」 「木内先生はいつまでも新任気分が抜けない特殊な先生だって言ってた。木内先生には木内先生の考えがあるだろうからこれはあくまで自分の考えだけどって雲回先生言ってたけど」  きうっちゃんと雲回先生合わなそうだよなー。 「オレはまあきうっちゃんのクラスでよかったかなー」 「雲回先生って厳しくて生徒から嫌われそうだけど、本当は誰よりも生徒のことを考えている先生だと思うんだ。木内先生は少しズルい」  そんなもんなのかなあ。オレはやっぱあの軍隊みたいな雲回先生のクラスは嫌だなあ。ちょっと頼りないけどきうっちゃんの方がいい。でもまあさっきからオレ「へー」とか「ほー」とかしか言えてないけど、秋介はしっかり色々語っちゃって、何だろう、差がついちゃってるのかな。 「でもさー雲回先生きうっちゃんの悪口まで言う必要はないんじゃない」 「それもさ、雲回先生みんなを一人前の大人として見ているから先生たちの中にも色々な考えの人がいることをちゃんと伝えてみんな一人一人が考えて欲しいってことで話してくれたんだよ」 「そうなんだ」  でも雲回先生にそんな風に言われたらきうっちゃんの方が間違いって方向にみんな向かっちゃうんじゃない。秋介なんて完全に雲回色に染まっちゃってるし。 「夏樹はどう思う」  え、オレ。何か一組の給食の話し合いみたいになってきた。秋介変わっちゃったな。昔のアホ秋介カムバック! なんて言っても、「そろそろそんなガキの遊び卒業したら」なんて言われちゃうのかなー。あー早く三組戻ろー。 「オレはきうっちゃんでいいや。あ、そろそろ行くわ。じゃね」 「え、ああ、じゃあね」  そそくさと秋介から離れる。秋介は議論し足りなそうだった。と言うか全然議論になってなかった。こっちはきうっちゃんがいいと言っただけ。うまい理由一つ言えなかった。きうっちゃん言われっぱなしで。  三組に戻るといつものがやがやした雰囲気。コムが意味もなく突っ込んで体当たりしてくる。あーほっとする、このアホ空間。  さてアホ空間の給食が終わり、リレーメンバーがきうっちゃんに呼ばれる。 「みんなごめーん。バトンパスのやり方ちょっと変えよう。先生あの後考えたんだけど」  黒板に図を書き出す。 「右手で持って左手に渡すと、ほら、こういう風に左に抜けるでしょ」  丸が人、線で手とバトン、矢印で走る方向を示す。 「それが逆だとこう」  今度は前の丸の右に抜ける矢印の図を書く。 「そうするとね、次に待っているクラスが右にいるでしょ」  もう一つ丸を加える。 「そこにほら、ぶつかっちゃう危険がある」  加えた丸から真っ直ぐ矢印を伸ばす。右に抜ける矢印と交差したところに大きくバッテンをつける。 「これだと危ないから、全員やっぱり左に抜けるようにしましょう」  左に抜ける方の図に大きく丸をつける。  なるほどね。図があるとわかりやすい。フローラもわかったかな。ちらっとフローラを見るとうんうん頷いている。 「そうすると左でもらって右に持ち替えて左に渡すってことね」  千雪がまとめる。 「千雪その通り!」  きうっちゃんが拍手をする。 「持ち替えるの忘れないようにしないと」 とコムが言うと 「あんたは最初から右で持ってりゃいいの!」 と千雪がすかさず突っ込む。 「いやオレのことじゃなくて千雪たちのことだから」 とコムが慌てて返す。でもさっきのコムの言い方はコム自身に言い聞かせているようだったけど。 「レフト、ライト、レフトね」  きうっちゃんが手振りで受け渡しの流れを示す。 「OK! I also think that's better. Wait, I'll get something. 」  フローラはそう言うと、小走りに自分の机に戻り、ペンケースを持ってきた。 「Let's try! 」  ペンケースをみんなに見せる。そしてコムに渡す。 「ナイス! フローラ。みんなやってみて」  きうっちゃんが嬉しそうに言う。  いつもの一列に並ぶ。コムが「ハイッ」と無駄に大声を上げる。教室中がぱっとこちらに注目する。コムが千雪の左手にフローラのペンケースを渡して左にシュッと一歩抜ける。千雪がペンケースを右手に持ち替えて小さな声で「ハイ」と言って野山さんの左手に渡して一歩左に抜ける。同じように野山さん、ショー、フローラと続く。次は自分だ。前を向く。フローラのしっかりした「ハイ」の声が背後から聞こえる。左手を出す。フローラの手が当たる。フローラの利き手。フローラからフローラのペンケースを左手にもらう。全てがスムーズに進む。 「おーっ」  教室内で拍手が起こる。やあやあどうもどうもとコムが手を上げて応えている。 「みんなグッドよ」  きうっちゃんも拍手する。  フローラが嬉しそうにしている。こんな積極的なフローラ初めて見た。普段静かにしているけど、もしかしてフローラって野山さんタイプじゃなくて千雪タイプの方なのかな。球技のプレースタイルも攻撃的だし。コトバの問題があるから思いっ切りやれるのは運動と音楽くらい。リレーも楽しみにしてくれているみたい。  フローラのペンケースを左手に持っている。フローラのペンケース。 「ありがとフローラ」  隣にいるフローラにペンケースを返す。「Thank you. 」じゃなくて他のやつらに言うのと同じように「ありがと」の方がいいような気がした。 「どういたしまして」  フローラがにっこり笑ってペンケースを受け取る。「どういたしまして」。久々に聞く言葉。て言うか、これまで「どういたしまして」と誰かから言われたことあっただろうか。でもとてもいいと思った。こんないい言葉が日本語にはあるんだよ、とフローラから教わった気持ちだった。「ありがと」にしてよかった。
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