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五 トゥエルブ
週明けの月曜日。今日は快晴。この前きうっちゃんが言っていたマーク位置の修正を昼休みの校庭で試している。
「OK! みんなよさそうね」
ジャージ姿のきうっちゃん。この前から昼休み練のときいつもジャージに着替えてくるけど、先生別に走ったりもしないしジャージじゃなくてもいいんじゃないかな。
「フローラ・夏樹のとこはテンにした方が安心そうだけど、どうする。トゥエルブ・オア・テン?」
きうっちゃんがフローラとこっちを交互に見て言う。フローラが追いついてくるか少し心配しながら走り出している。距離が近い方が自分も安心だ。
「I wanna try twelve. Natsuki, please trust me! 」
フローラが英語で言う。え、何て。きうっちゃんがフローラに駆け寄り、何やら耳打ちしている。フローラがこちらを向く。
「ナツキ、わたしをしんじて」
はっきりと真剣な顔で言う。雲一つない空。風が小さく舞う。
「わかった」
そうだ。フローラを信じて思いっ切り走り出そう。
「OK! じゃあこれでいきましょう」
きうっちゃんがポンポンと手を叩く。
「それでね、六年三組だけマークをつけるのは不公平だということになっちゃって」
きうっちゃんが少し申し訳なさそうな顔をする。雲回先生に言われたのかな。
「マーク位置のトラック内側に誰かが立ってそれを目印にしようと思うの」
「わかったよきうっちゃん」
とショーが言う。
「ありがとう。それで最初の三人分は夏樹、残りの二人分は女子で最初に走り終える千雪にお願いするのでどうかしら」
「私は構わないです」
すかさず千雪が言う。
「オレもいいよ」
千雪に続ける。
「OK! じゃあ二人とも担当分のマーク位置を何か目印とか自分の歩幅とかで覚えるようにしといてね」
「はい」
二人同時に言う。
「そうすると私はショーとフローラのマーク位置ね」
と千雪が言い
「Flora. I will stand on Sho's mark position. Please start running when he passes me. 」
とゆっくりと英語でフローラに伝えた。
「OK! I got it. Thank you, Chiyuki. 」
フローラがにっこり笑って千雪に言う。
「千雪すげー」
コムが驚いて言う。千雪ホントすげー。
「じゃあもう一回、今度は私と夏樹が実際に立ってやってみましょう」
千雪が提案する。千雪といいフローラといいウチの女子たち積極的だよな。
「夏樹、マーク位置確かめるわよ」
はいはい、今行きます。コムがここで千雪はもう少し離れて野山さんは。スタートラインのすぐ近くじゃん。三人分どうやって覚えよう。このラインから自分の足幅を使って覚えるか。
「よーし、じゃあいくよ。先生スタートとタイムお願いします!」
こりゃリーダー千雪だね。
「OK! いくわよー。位置について、よーい、ドン!」
コムが走り出す。あいつ左手にバトン持ってんじゃん。千雪あたりが目敏く見つけて声を張り上げてくれないかな、と千雪を見ると早速スタート位置に構えて真剣な顔でこちらを見ている。マーク位置の新方式を確認しているのだ。仕方ないなー、ショーは何かへらへらしてるし。野山さんに期待するのは、まあムリだよね。オレが言うしかないか、と思って声を出そうとしたとき
「Hey! Com! Right hand! 」
とフローラが大声を上げた。
コムがえっえっとこちらの方を向く。
「Right hand! 」
ともう一度フローラが大声で言う。コムが、あ、わかったと頷いて走りながら右手に持ち替える。
「あいつやっぱバカよね」
千雪がスタートラインでため息をつく。そしてフローラに
「Thank you! 」
と言う。
コムが横を走り抜ける。風がさっと抜ける。千雪が走り出す。容赦なく一気に。コムが最後の力を振り絞る。「ハイッ」。バトンがテイクオーバーゾーン内でスムーズに渡される。千雪が大きなストライドで走る。千雪って手足が長いよな。フローラもだけど。千雪のトレードマークのポニーテールが左右にピョンピョン揺れている。ってぼーっと千雪を見ている暇はない。ポジション移動しないと。千雪のマークは、っと。少し遠くに移動する。野山さんがスタートラインでこちらを確認している。千雪がビュンと横を抜ける。野山さんが走り出す。「ハイ」。千雪がすぐに追いついて野山さんに渡す。もっとマーク位置離してもいけそうだ。でもあまり離し過ぎると野山さんにあなた遅いですって言ってるみたいでイマイチかな。きうっちゃんもきっとそう思ってるのでは。スタートラインの方に戻る。スタンバイするショーにかなり近い。
「やあ」
とショーが言う。
「やあ」
とこっちも返す
野山さんが真横に来た辺りで「ハイ」と言い、走り始めるショーにバトンを渡す。これマークに立つ意味ある? と思ったけど、野山さんだけマーク不要っていうのもやっぱりイマイチな気がしてそのことは何も言わない。
千雪がもうショーのマーク位置に立っている。はい、お役目終了。ってまだホントの役目が残ってるか。「ナツキ! わたしをしんじて」。先程のフローラを思い出す。フローラはスタートラインにスタンバイして走るショーを見ている。ショーが千雪を越える。フローラが勢いよく走り出す。「ハイッ」。ショーからバトンを受け取る。今日はフローラは短いキュロットスカート。足がビッビッと前に進む。千雪とは違う。もっと硬質な感じ。スタートラインで千雪の位置を確認する。トゥエルブ。フローラを信じて思いっ切り走り出そう。
フローラが千雪を越える。いくぞ。低い姿勢から飛び出す。まだか、ハイはまだか。もうすぐテイクオーバーゾーンを越えるぞ。でも信じろ。緩めるな。「ハイッ」。来た。左手を出す。フローラの手が飛び込んでくる。しっかりつかむ。バトンを受け取る。どうだ。テイクオーバーゾーンギリギリ手前か。そのまま走る。気持ちのいい天気。低学年の子たちにぶつからないようにしないと。自分の走っている姿って他の人にはどう見えているのだろう。自分は千雪っぽいのかな、それともフローラ、あるいはコム。そう言えば自分が走っている姿って見たことないな。第四コーナーを曲がって、ゴール。
「はい!」
きうっちゃんがストップウォッチを止める。
「タイムどうだった」
コムがきうっちゃんに駆け寄り、ストップウォッチの表示を見る。
「お! ベストタイム更新!」
コムがガッツポーズをする。
「よーし、順調ね! 明日からは先生綱引きチームとか特訓しないといけないから、リレーチームは先生抜きで練習してね」
今週土曜日の本番まで毎日練習しろってことか。
「この先生のストップウォッチを貸すから、練習前に取りに来て。それでその日の一番速いタイムを報告ね。プリーズ・リポート・ザ・ファステスト・タイム。OK?」
千雪がフローラに
「We will practice without Kiuchi-sensei from tomorrow. 」
と英語で説明している。やっぱり千雪すげー。
フローラとのバトン受け渡しについてはきうっちゃんは何も言ってこない。このままトゥエルブで行くということか。さっきはギリギリだった。テンでいいようにも思う。少しでも近い方がもらう方としては安心だ。「ナツキ! わたしをしんじて」。そんなここでムリしてもタイムはそんなに違わないはずだ。それよりテイクオーバーゾーンを越えて失格になる方がこわい。「ナツキ! わたしをしんじて」「わかった」。そうだよな、フローラ、トゥエルブでいくんだよな。フローラの方を見る。フローラと目が合う。するとフローラがこちらの考えていることに気づいたように、大きく一つ頷いた。
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