八 運動会後半

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八 運動会後半

 運動会は史上稀にみる接戦となってきた。ウチのクラスが綱引きでトップになり、一位の一組に肉薄する。三位の二組ともあまり差はない。  このまま三つ巴になって最終六年のクラス対抗リレーになだれ込んだ。 「お前らに任せたぞ!」  一番になり責任を果たした綱引きチームがリレーチームに気合いを入れてくる。現在一位一組、二位三組、三位二組。このリレーで勝ったクラスが総合優勝になる。会場は異様な盛り上がりを見せている。六年三組の応援団員がそれぞれ担当の学年のところで音頭を取る。 「行け行け三組」 「行け行け三組」 「押せ押せ三組」 「押せ押せ三組」 一組も負けていない。 「いーちくーみっ」  続けて手拍子チャチャッチャチャッチャ。 「いーちくーみっ」チャチャッチャチャッチャ。  一組の応援は統制が取れていて何だか強豪校のよう。  六年二組は一組や三組と違って特に応援団を組織していないようだ。これまでの応援も各自思い思いと言うか。それ程真面目にやっている感じでもなかった。二組の吉成先生は眼鏡の若い男の先生。あまり何かに熱くなるようなタイプではない。多分事あるごとに雲回先生ときうっちゃんがバチバチやり合っているのを一歩引いて冷めた目で見てるんだろうな。自分からは特に何もせず。こういう先生の雰囲気がクラスに出るのか、それとも元々クラスもそんな感じの人が多かったのか、二組はクラス全体で盛り上がって何かしようというような雰囲気ではない。  それでも思ったより善戦していると言うか、何と総合優勝が狙える位置に残っている。俄然あの六年二組も活気づく。誰が持ってきたのかおもちゃのラッパを 「プップー」 と拭いて、それに合わせて 「二組!」 とかけ声を続ける。 「プップー」 「二組!」 「プップー」 「二組!」  六年二組の一部がこれをやり出すと、またたく間に全学年の二組に広がった。 「プップー」 「二組!」 「プップー」 「二組!」  一組と三組が六年主体でこれまで全学年で声を合わせて応援をして盛り上がって楽しそうだったのをただ見ていた下の学年の二組の子たちが、待ってましたとばかりに盛り上がる。  六年二組の連中からしたら、これまで熱くなって頑張っちゃってた一組と三組を横目に涼しい顔で最後の最後で逆転して優勝したら、これは痛快だろうな。いつも一組と三組ばかり目立っていたし。吉成先生は応援には加わらずにクールな顔でクラスの席に座って事態を見守っている。これはこれでこうなってくると何だか妙な威圧感がある。  ウチのきうっちゃんは立ち上がって当然大声で応援に加わっている。 「行け行け三組!」 「行け行け三組!」 「押せ押せ三組!」 「押せ押せ三組!」  雲回先生もクラスの椅子にでーんと座って応援に合わせて声を上げ手拍子を叩いている。 「いーちくーみっ」チャチャッチャチャッチャ。 「さあ、運動会もいよいよ大詰め! 残すは六年生のクラス対抗リレー一種目のみとなりました!」  場内アナウンスが声を張り上げる。 「何と今年は史上稀に見る大接戦! リレーで勝ったクラスが総合優勝です!」  放送委員が場内を煽る。何だこの雰囲気。こんな中で走るのかおい。こんな中で生沼に抜かれたら。 「あんたたち、さあ行くよ!」  千雪がリレーメンバーを集める。いつも陽気なコムがガラにもなく緊張しているよう。スタートだもんな。第一走者は結果が全て自分だけのせいだもんな。そりゃ緊張するよな。  野山さんは少し震えているよう。フローラは両手で頬をバシバシ叩き気合いを入れている。力士かよ。いつの間にか女子三人とも千雪と同じポニーテールで揃えている。ポニーテールに青い鉢巻き。いざ出陣。  ショーだけが 「コムちゃーん、リラーックス」 といつものようにへらへらとコムの両肩を後ろから揉んでいる。 「野山ちゃーん、だいじょぶでちゅかー」  変顔をして野山さんの顔を下から覗き込む。 「もーバカなことしてないの!」  千雪がショーの頭をポンと叩く。いつもはコムが叩かれ役なのに。 「千雪ちゃんこわーっ」  ショーがおどけた顔をする。さっきいつものようにって言ったけど、ショーもどこか変だ。 「よしみんな集まったわね!」  きうっちゃんが興奮気味にそれぞれの顔を見回す。 「とにかく思いっ切り楽しんでらっしゃい! 仲間を信じて」 と言いつつも 「雲回組なんかに絶対負けちゃダメよ! 勿論クール吉成なんかにも」 とライバル心剥き出しでこっちにプレッシャーをかけてくる。 「よし、みんな円陣組むわよ!」  千雪リーダー頼もしい。六人で輪になって肩を組む。自然と走る順に並んでいる。隣はコムとフローラ。 「ここは夏樹、バシッと決めて」  えっオレ。みんなを見る。みんなこっちを見て頷いている。ここでもじもじぐだぐだしちゃダメだ。 「よーし。じゃあ「三組行くぞ」「オー」で行こう」 「OK」 「わかった」 「じゃあ行くよ」  一呼吸置く。大きく深呼吸する。 「三組、行くぞ!」 「オーーッ!!」  円陣が解ける。それぞれハイタッチをする。 「六年生のリレーチームはスタートラインに集まって下さい」 「頑張れよ!」 「行けー!」  口々にクラスのみんなが声をかける。きうっちゃんは無言で頷いている。  心臓がドキドキする。緊張しているのか。六年のリレーチームがスタートライン付近に集まる。生沼もいる。手首足首をぶらぶらさせたり回したりしている。周りを気にせず自分自身に集中している感じ。当然アンカーだよな。むしろ生沼より後にバトンをもらったら会場中の注目の中で生沼に抜かれないで済む。生沼まででウチがどれだけリードするかってリードしているのを当然の前提のように言ってたけど、そもそもウチのリレーチームはアンカー以外だと本当に一組より速いのか。二組だって実力はわからない。 「それでは第一走者スタートラインに並んでください!」  始まる。始まってしまう。くじ引きでコムが一番外側に並ぶ。 「バトンは右よ!」  千雪が声をかけている。千雪ってホントすげー。よくこんな状況で周りに目を配れるよな。もう始まっちゃうよ。何だかいても立ってもいられない。早く解放されたい。早くショーとコムとぐだーっとへらへらしたい。 「位置について!」  スターターは何と校長先生。 「ヨーイ」  一、二、  バーン  ピストルの音が鳴る。いつもロケットスタートのコムが一瞬遅れる。二クラスに遅れを取る。第一走者は三人とも男子。二人の壁に阻まれて小柄なコムは前に出られない。二組が速い。最初から飛ばしている。少し間が開いて一組と三組が続く。コムのマーク位置に立って戦況を見守る。場内大歓声。 「行けー!」 「追え追えー」 「いいぞ二組ー!」  各クラストラックに飛び出さんばかりに前のめりになって応援する。  二組が目の前を通過する。続いて一組と三組。コムがほぼ一組に並んでいる。  千雪がスタートライン一番外側からスタートする。いつも通りの千雪。コムが千雪に突っ込む。倒れ込むようにしながら千雪にバトンを渡す。  千雪のマーク位置に移動する。二番手は一組も女子。バトンパスの時点で一組を抜き二位。千雪はぐんぐん一組の女子を引き離す。しかし二組は次も男子。千雪が追いつけない。と言うより差が開いている。二組独走状態。何とかこれ以上離されないように千雪が懸命に走っている。二組、三組、一組とそれぞれ間が開く。次は野山さんだ。スタートライン二番目に二人の男子に挟まれて立っている。また相手は全員男子。五年と走ったときと同じ。二人の男子の間で野山さんが消え入りそうに縮こまって見える。ついてない。野山さん本当についてない。それにしても二組は前半に男子を揃えて先行逃げ切りを狙うのか。この大一番でこんな奇策を。あの涼しい顔の吉成先生の戦略か。吉成先生を見る。顔が紅潮して何やら怒鳴っている。 「行けーっ! そうだそのまま行けー!」  吉成先生が大声を張り上げているところなんて見たことない。二組が快調に飛ばす。  ショーがスタートライン付近で 「野山ーっ! 野山ちゃーん、野山ちゃーん」 と大声で野山さんに呼びかけている。野山さんが気づいてショーの方を向くと、ショーが先程と同じ変顔をして 「リラーックス!」 と声をかけている。野山さんが少し笑った。  二組のバトンが早くも第三走者に渡る。独走状態。二組男子はリラックスして気持ちよく走れているよう。  千雪が目の前を抜ける。走り始めた野山さんに追いつきバトンパス。 「お願いっ!」  千雪が大声を上げる。野山さんが走る。千雪が一組に大分差をつけてくれた。野山さんは二位で走る。野山さんのマーク位置につく。 「やあ」  ショーが言ってくる。 「やあ」  いつも通り。練習中もなぜだか毎回このやり取りをした。ショーは落ち着いているよう。ここで「やあ」と言っているってことはそろそろオレも出番が近い。生沼はまだ出て来る気配がない。やはり生沼が相手だ。それもそうだが、もしこの大舞台でテイクオーバーゾーンを越えて失格になったら。それが一番恐ろしい。とにかく最後までレースをすることが大事。ワンテンポ遅らせてスタートするか。  バーンッ。  背中を思いっ切り叩かれた。驚いて振り向くと、フローラがいた。 「わたしも」 と背中を向ける。よし、いいんだな。フローラの背中をバーンと叩く。フローラがこちらに向き直る。 「ナツキ! わたしをしんじて!」  そうだ! そうだよな、フローラ! 「おうっ!」 と握りこぶしでガッツポーズをする。野山さんは一組の男子に抜かれた。現在三組三位。でも野山さんは諦めずに走っている。 「ハイッ」  ショーが走り出す。三位だが前を走るのは二人とも女子。 「行けーっ、ショー!」  思わず大声を上げる。隣で走り終えたばかりの野山さんが 「ショー君! ガンバッてー」 と声を張り上げている。ぐんぐん一組の女子に迫る。一気に抜き去る。次は二組だ。しかし二組とは大きく差がある。近づいてはいるがまだまだ追いつけない。二組の女子結構速い。  フローラがスタートライン二番目でスタンバイしている。次は女子三人の対決。これならいける。フローラはきっとトップで来る。そしてオレは生沼に抜かれるのか。いや、余計なことは考えるな。フローラを信じろ。  ショーからフローラにバトンが渡る。ウチのクラスはバトンパスでぐっと前に出る。ウチの最大の武器のアンダーハンドパス。  フローラがガッガッガッと走る。速い速い。見る見る二組に近づいて、苦もなく一気に抜き去る。そんなことには目もくれずフローラが前だけ向いて走る。スタートライン二番目から一番左のインコースにスタンバイ位置を移動する。生沼は一番外側に立っている。フローラがぐんぐん二人に差をつける。会場の盛り上がりがすごい。 「さあ! トップは三組です! 速い速い、どんどん差が開いています!」  場内アナウンスが絶叫する。 「アンカー三人がスタートラインで待ち受けています! さあどうなる!」  フローラが千雪の横を  超えた!  低い姿勢から飛び出す。後ろは見ない。考えない。フローラは絶対来る。何だかわからないけど確信があった。今までで一番思いっ切り走り出した。 「ハイッ」  来た! 左手を出す。フローラの手が飛び込んでくる。フローラ、確かに受け取った! あとは任せろ! 歓声が聞こえる。トップで走る。後ろとの差なんてわからない。とにかく最初から全力で走る。フローラがあれだけ速かったんだ。オレだって! 「速い速い」  アナウンスの声が聞こえる。 「一組速い! 二組を今ー抜いた! トップの三組に迫っています!」  えっ! 会場の大歓声。視線はこっちを向いていない。皆後ろの方を向いている。  体が固まる。手足を思いっ切り動かす。でも動かしても動かしてもなかなか前に進まない。もっと手を振れ! 焦れば焦るほど硬くなる。会場全体が大きな期待に包まれる。生沼の大差のビリからのあり得ない大逆転。誰もが生沼に注目する。 「一組速い! 行けーっ!」 「行けー!」って場内アナウンスが特定のクラス応援しちゃダメだろ。場内は完全に生沼一色。 「ナツキーッ!!」 「ナツキーッ!!」  フローラだ。ショー、コム、千雪、そして野山さんも。皆必死にこちらに声を上げている。そうだ。みんなのいるところまであと少し。この手足がちぎれてもいいから最後まで思い切り走るんだ。  第四コーナーを曲がる。手足を目茶苦茶に動かす。きっとスピードに乗っていない。きっと見苦しい。でもそんなのどうでもいい。息が上がる。苦しい。限界だ。でもあと少し。あと少しでゴールテープ。よし、ゴールだ。胸を出せ。えっ! すぐ右に気配。生沼だ。ゴール。どっちだ! こっちが先に胸でテープを切ったよな! 頼む! 勝っててくれ。そのまま足がもつれて頭からすっ転んだ。走ってて転んだのなんてこれが初めてだ。みんなが駆け寄ってくる。 「大丈夫か!」 「それより、どうだ勝ったか」 「大接戦の六年クラス対抗リレー! さて勝ったのは三組か、それとも一組か」  場内アナウンスの声が響く。 「ただ今審判団で協議中です。いやーすごかったですね」 「そうですね。六年一組アンカーの生沼選手は、今年の区の大会で五十メートル走六位入賞した学校一のスプリンターです」  解説者らしき放送部員が答える。 「勝った方のクラスが総合優勝ですね」 「そうですね。三組が最後逃げ切ったか、一組がギリギリで差したか」
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