一 九月の転校生

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一 九月の転校生

   夏休み明けの九月、六年三組に転校生が来た。 「お父様がスウェーデン大使館にお勤めで、その関係で半年間フローラさんもこの小学校で皆さんと一緒に勉強することになりました」  きれいな長い金髪、まつ毛も金、青い瞳、少しふっくらとした頬にうっすらと赤みが差している。半袖の薄いブルーのワンピースからすらっと細い手足が伸びている。  教室がどよめく。誰もこのことは知らなかった。 「フローラさんは母国語はスウェーデン語ですが、英語も話せます。日本語は少しだけ勉強してきたとのことですが、話すことはできません。みんなフローラさんを助けてあげてね」  木内先生がフローラを紹介する。英語で一言二言フローラに話しかける。フローラが小声でOKと言う。 「ではフローラさんから皆さんに一言挨拶です」  フローラが少し恥ずかしそうに教室内を見回す。 「こんにちは。わたしはフローラ・スヴェンソンです。よろしくおねがいします」  教室に拍手が起こる。 「ではフローラさんは窓際の後ろの席に座ってもらいましょう」  それで教室の後ろに机と椅子が一セット用意されていたのか。元々窓際の列だけ他の列より一席少ない。 「高橋君準備してあげて」 「はーい」  フローラの隣になるショーが掃除ロッカー横に置いてある机と椅子を窓際の一番後ろにセットする。  木内先生がその席を指差し、フローラに何か英語で伝えている。  フローラが席に座る。皆フローラの方を見ている。早速ショーが話しかけている。 「マイ・ネーム・イズ・ショーマ。プリーズ・コール・ミー・ショー」 「Oh, Shaw. Nice to meet you! 」 「オーオー、ハローハロー」 「はいはい。皆さん夏休みの宿題はやってきましたか」  夏休みの学習帳に思い思いの自由研究。工作や絵日記の人もいる。夏休み明けのどこか寂しい気持ちと高揚感。そんなことも先程までどこかにふっとんでいた。今まで海外から来た子とクラスメイトになったことは一度もなかった。以前三学年上にアメリカ人の男子がいたが、直接話したことはなかった。  休み時間になると女子たちがフローラの席に集まった。口々に「かわいい、かわいい」と言っている。何か英語で話そうとしている。女子たちに取り囲まれてよく見えないが、あんな大勢で。フローラとまどっているのでは。 「夏樹! 夏休みどうしてた」  先程のショーだ。 「ゲームしまくってかーちゃんに怒られた」 「オレもオレも。んでさ、コインルージュエキスパートでフルコンできるようになったよ」 「マジ、コインルージュ超ムズじゃん」  最近二人がハマっているリズムゲームである。コインルージュは曲名。 「ショーカナランはどこまでいった」  カナランはカナデアイランド。アドベンチャー系ロールプレイングゲーム。 「オレはね」  二人ゲームの話で盛り上がる。いつも通り。だけどいつもとちょっと違う。二人ともフローラが気になっている。女子のことは女子に任せて。そんなことよりゲームの方が大事、とは思うのだが。  その日から、当たり前のことだが、毎日教室窓際一番後ろにフローラがいる。廊下側の席からチラチラとフローラを見る。フローラがいるだけで、教室の雰囲気が今までとは違う。  初めはもの珍しがって女子たちがひっきりなしにフローラの席に押しかけていたが、だんだん、どのグループがフローラを世話するか、グループ同士の牽制が始まったようだった。  まずはクラスでも一番活発な女子グループがフローラのところに足繁く通っていた。その間は他の女子グループは手を出さない。しかし一番活発な女子グループは内輪の話題が尽きない。とにかく話したくて仕方がない。フローラには話していることがわからない。初めのうちは英語でフローラにも説明しようとしていたようだが、だんだんフローラそっちのけでべちゃべちゃ話すようになっていった。  あれじゃフローラの周りに集まる意味ないのに。見るとフローラは静かに愛想笑いを浮かべている。そのうち一番活発な女子グループはフローラのところには行かなくなり、いつも通りの彼女たちの日常に戻っていった。  休み時間に一人でフローラが席に座っているのを見て、他の女子グループもフローラのところに行くようになった。  一体何を話しているのだろう。一番活発なグループに比べると声が小さいので、よくわからない。それでもフローラと一緒に笑っている。 「おい、夏樹。サッカー行こうぜ」  昼休み。校庭でショーたちとサッカーをする。フローラも男だったら一緒にサッカーできるのに。  フローラは授業中も静かに席に座っている。英語の授業では、先生に指されて英文を読んだり問題を解いたりする。それ以外の授業では、何を言っているかわからないだろうに静かに聞いているか、何か別のことをやっている。 「フローラって授業中何やってるの」  ショーに聞く。 「日本語の練習帳でひらがな書いたり、あとはスウェーデンの教科書なのかな、何か外国のテキストやってたりしてるよ」 「ふーん。フローラ向けの個人授業とかしてあげないのかね」 「夏樹フローラ気になるんだ」 「何だよ別に。でもさ、あれじゃいるイミあんのかなと思って」  後から木内先生に聞いた話だが、何でも父親の方針らしい。せっかくの機会、インターナショナルスクールではなく普通の日本の小学校を体験させたいと。学校の方ではフローラ向けに何か別途手当をする余裕はないと伝えたのだが、それでもいいから受け入れて欲しいということだったらしい。  音楽の時間、フローラはリコーダーやピアニカをとても上手に吹いた。体育の時間。マット運動は苦手そうだったが、バスケットボールやドッジボールといった球技は強かった。  ドッジボールは男子顔負けのプレーをするので、一度、フローラを狙って思い切り投げてみた。バスン。胸で抱えてしっかり両手でキャッチして、右手で豪速球をこちらに投げてきた。こちらもしっかりキャッチする。そしてすぐさま前方目の前にいたコム(小室)の足元を目がけて投げる。コムはぱっとジャンプしてよけようとしたが、そのジャンプした右足の足先にボールが当たってアウトになる。相手コート中央でフローラが悔しそう(でも楽しそう)にしている。  その体育の授業が終わった後、少し前をフローラが歩いていた。駆け寄って後ろから肩を叩く。 「フローラすげーじゃん」  フローラがぱっとこちらを振り向く。少し上気した顔。 「ナツキ」  フローラが名前を呼んでくれた。転校してきてから一か月以上経つのに今まで一度も話したことがなかった。それでも名前を覚えてくれていた。何だっけ。強い、英語で。 「ストロング、ユーストロング」  親指を立てる。このポーズ、スウェーデンでも合ってるのか。  フローラがにこっと笑って 「Thank you! You too, Natsuki. 」 と返してきた。このまま英語で話せるといいのに。でもやった。初めてフローラと話せた。  フローラに笑いかけると、更に前方を行くショーたちに後ろから思いっ切り体当たりした。
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