歪む世界の上で

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「桐生惣一郎、お前は自分の力を過信するあまり、人が本来持つ心の力を軽視した。長い年月をかけて努力し、工夫して少しずつ成果を得ていくその力を、お前はないがしろにした。お前が天才であるゆえに」  惣一郎は目を見開いた。 「お前は思考の天才だ。お前はいつも迷わない。その必要がないからだ。お前は何かを自らに問うとき、その答えをほとんど瞬時に得る。おそらくは常人にはとても追いつけないほどのスピードで考えを進めているんだ。しかもその過程は、大人になるに従ってさらに研ぎ澄まされ、ところどころ省略することすら可能になっていったと思われる。だからお前はいつも一足飛びに結論を得る。成果を得るのも早い。わからないことがあっても、その卓越した思考能力で解決が可能なんだ。だから、お前にはわからない。人が時間をかけて努力し、試行錯誤して得た成果の意味が」  慧は、惣一郎をまっすぐ見つめて言う。 「だからお前は、今の今まで予想もできなかったんだ。お前が目もくれないほどのわずかな日々の成果で、俺たちと同じ力を持つ人間が生み出せるという可能性を」 「黙れ!」
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