歪む世界の上で

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 だが、彼には晶の姿は見えていないようだった。角度的に、見えていておかしくない位置だから、やはり晶の体がこの世界に物理的に存在しているわけでないのは確かなようだった。やはりこれはあくまでも夢なのだとわかって、晶は多少胸をなでおろした。  少年は、見た目は小学校の低学年ほどに見えるが、それにしては表情に子供っぽさが窺えなかった。というより、表情らしい表情がない。晶はなんとなく嫌な感じを覚えた。それに似た顔を見たことがあった気がしたのだ。  そこまで考えて、晶は思い出した。桐生惣一郎に出会ってしばらくした頃の兄の表情と同じものを感じたのだ。  あの頃の兄は、桐生惣一郎の監視下で日々強いストレスに晒されながら過ごしていた。しかも、記憶を封印され、人質にされた弟には、そうしたことを一切悟らせるわけにはいかなかった。だから自然と表情は乏しくなり、口数は減った。当時まだ小さく、事情もわかっていなかった晶には、そんな兄の苦しい胸の内を理解することができなかった。  しかし、今なら晶にもそれがわかる。晶は目の前の少年にも、当時の兄と同じ、辛い境遇の中にいることを感じたのだ。
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