歪む世界の上で

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 以前、飲食店でアルバイトをしているという友人の話を聞いたことがあったが、客の前に水を出すときは、音をたてて置いてはいけないと言われて最初の頃はなかなか慣れなかったという話だった。それと必ずしも同じように考えるのは間違っているかもしれないが、少なくとも水がこぼれるような勢いで置かれるより、そっと置いて貰えるほうが、置かれる方としては安心できると思う。  晶は、大正時代のことはなにも知らないが、今より身分制度が厳格だったことくらいは知っている。見たところ惣一郎はこの家の住人だし、だとしたら彼女にとっては主人ということになるはずだ。それなのに、この扱い方はなんだろう。  そう思ったとき、晶の目の前の場面がいきなり切り替わった。真珠色の空間に戻った晶は、またいきなり別の場面に放り出された。  そこもまた屋敷の中の一室のようだったが、今度は先ほどの部屋と違って、洗練された意匠の家具が揃えられ、隅々まで丹念に人の手が入れられた、優雅なしつらえの部屋だった。丸い形のゆったりとした出窓があり、部屋の中心にはテーブルと、向かい合うように置かれた数脚の椅子がある。
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