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とても暑い日だった。私たちは「自主練」の帰り道にアイスを食べながら自転車で坂道を駆け下りていた。私の前を走るコウは「明日…か?」と私に何か言っていた。風を切る音とコウがアイスを食べながらモゴモゴ言ってるのもあってハッキリ聞き取れなかった。でもきっと「明日の自主練も10:00からにするか?」なんてことを聞いてるに違いない。私達のスイミングスクールは地域でも割と小さいスクールで大きいスクールだと数百人の選手が在籍しているところもある。私達のスクールは小さいと言っても全体で見ると70人ほどいる。私がこのスクールに入った4年前は50人弱くらいだったが結構増えたのだ。部活ではなく、スクールなので小学生から高校生までが在籍している。実は大学生も2人いるのだが、最近はめっきり見なくなってしまった。一応レベル別のクラスがあって初級、中級、上級、Sクラスがある。上級以上はほとんどが競泳の大会に出場する。私たちは今Sクラスにいる。たまに誤解されるのだが、私達のスイミングスクールは遊び感覚のスクールではなく、競泳の全国大会や果てはオリンピックを目指すスクールなのだ。ただ、普段のスクールの練習だけでは練習量が全然足りないので、こうやって「自主練」に来るのだ。スクール自体は土日祝日などは休みだが、そういう意味では基本的には私達の練習に休みはない。私とコウ、アカリちゃんとセツくん、それとシノブは5人とも平泳ぎを得意としているので、なんとなく一緒に自主練することが多い。「コウ!今日も暑いから寄っていかない?」「おっ!いいね〜」コウの横顔はニヤリとしていた。私たち自転車組は帰りにはアイスクリーム屋さんに寄ることが多い。「おーいみんなも『ポッピン』行こう!」コウはスピードを上げて前を走る4人に声をかけた。「ん〜俺は今日はパス!妹とお祭りに行く約束があるから。」シノブだけは誘いを断った。シノブの「お祭り」発言にはいいねを押してあげたかった。「マジか〜じゃあまた今度な!」案の定コウはお祭りなんか気にも止めていないようだ。いや、もしかしたら最近はあまり話に出てこない好きな子を誘うつもりなのかもしれない。結局お祭りの話なんか宙に浮かんでしまった。結局「ポッピン」には私、コウ、アカリちゃん、セツくんにサクタの5人で行くことになった。
「俺はチョコミントで!」お店に入った途端にコウがいつものように先陣を切ってチョコミントを頼む。店員さんもいつもの22くらいの綺麗なお姉さんだった。お姉さんも少し笑っていた。結構な頻度でお店に来るので、特別何かがあるわけではないけれど、お互い見知っている。私には5つ離れた姉がいるので、それくらいの女性の年齢はピンと来るのだった。私はいちごミルクを頼んだ。「はい!」お姉さんがカップに入ったチョコミントをコウに渡していた。「ありがとうございまーす」とコウは嬉しそうに受け取っていた。私もお姉さんからいちごミルクを受けて取って、コウの前の席に座った。座る席も誰も何も言わないが、なんとなく皆んなの中決まっていた。「コウはいつもチョコミントだよね〜」私は少しだけ意地悪な口調になってしまったような気がして驚いた。「良いだろう!少し食べるか?」とコウはスプーンを持つ手を揺らしていた。「い、や、だ!知ってるでしょ?チョコミントは苦手なの!!」「もう克服したかと思ってさ〜」とニヤニヤ笑っていた。「一生食うか!」と私も笑って言った。「サクタとセツくんも好きじゃないもんね〜?」と2人も巻き込んでやった。「コウくんは変わり者だから」とサクタは笑って言った。「サクタ!私を一緒にしないで!」アカリちゃんも冗談混じりに怒ってみせた。「私もチョコミントはそれなりに好きなんだから〜」アカリちゃんが続けた。「じゃあ、アカリちゃんと俺はチョコミント同盟だね!」コウがアカリちゃんの肩を組む振りをしながら言った。「だから一緒にしないでよ!あんたみたいに毎回毎回頼まないし!」アカリちゃんが言った。、他にもSクラスには9人いて、上級も含めると27人いる。上級とSクラスはコーチは違うが一緒に練習することが多いし、大会に行く時なんかは一緒に行く。基本的にSクラスの人たちは同世代が多く、小学生からのメンバーだ。「みんなは今日も練習の帰りなの?」手の空いたお姉さんが私たちに話しかけてきた。「そうっすよ!マリさんは学校は休みですか?」コウが聞いた「そうね。今日は夕方から一つ授業があるだけよ!みんな毎日練習偉いわね〜」「俺ら全国目指してるんで!」自信満々にコウが楽しそうに言っていた。「そうなのね、応援してるわ!」お姉さんが言った。「皆んなは学校とかに好きな子はいないの?」お姉さんが続けた。「俺は…マリさんかな〜」コウが笑いながら照れながら言っていた。「またまた〜お世辞が上手ね」とお姉さんが華麗に流していた。「サクタとセツくんは彼女いるもんなー」コウは話を逸らした。「えーすごい!出来立てほやほや?」「そうっすよ!2人とも3か月前なんですよ。全然相談もなかったからびっくりしたよ〜」「コウが聞いてなかっただけでしょ」アカリちゃんが冷静に言ってみんなが笑った。私も笑ってやった。「コイツも…」コウが私の方に振り向いて言いかけたが、やめた。私の好きな人のことは私とコウの秘密だった。特に約束した訳ではなかったが、なんとなくそんなノリのようなものがあった。4年前くらいに私がついみんなにコウの好きな人を話してしまって3日ほどコウがとても不機嫌になったのを思い出していた。ずっと謝っていたのにずっとコウが怒っていたので、私が逆ギレしたんだっけ。
今日は久しぶりに練習が休みだった。以前に思い切って啓介を誘った始めてのデートの日だ。私には中学の時から好きな男の子が学校にいた。最初は恋というより目の抱擁という感じで、デートなんて考えていなかった。去年の春、高校に入学した時にクラスが同じになったのを機に少しずつ話すようになった。友達を介して話すようになったのだった。中学の頃、彼が今の高校を目指すと知って勉強を頑張った。彼はアイスホッケー部と陸上部を兼任しており体育祭でも球技大会でもいつも大活躍なのであった。彼は身長も高く人気者だった。彼のことを私はいつもコウに惚気ていた。去年の夏から男女グループで遊ぶようになって、次第に憧れから恋へと変わっていた。グループでいる時は他愛もないことを話すだけでドキドキが止まらなかった。そしてコウにも何を話すといいかなどの男子の意見を聞いたが、コウと彼が真逆すぎるから分からないという結論に至って大笑いするのだった。コウとの恋バナは平日の練習の後に自転車で帰る途中の公園で話すのだった。夏なんかは2人とも蚊に刺されて次の日笑った。2時間も着ていく服を迷ってギリギリで家を出て啓介とのデートへ向かった。市内で最近人気の喫茶店に入った。アイスで有名な喫茶店で色々な種類のパフェがあった。中にはチョコミントのパフェもあった。「なあ、チョコミントって好き?」啓介が言った。「んーん。あんまり好きじゃないなー」私は答えた。「チョコミント好きなやつって舌がどうかしてるよなー」と啓介は笑っていた。初めての2人きりなので、少し緊張していたが、とても優しくて会話を回してくれた。話題としては学校の先生やクラスの地味な子達の話が多かった。少しイメージとは違って戸惑っていたが、所々で服や髪型を可愛いと褒めてくれた。照れていたらそこも可愛いと追い討ちをかけられてもっと恥ずかしくなった。
次の日、練習前にコウを小突いて『今日の帰り例の公園に寄ろう』と合図を送った。公園ではずっとデートの惚気と、脈アリかどうかの判断をコウに聞いた。次回のデートでは告白した方がいいかなんかを相談した。コウは「おーー良かったね。」や「絶対脈アリだろ。」なんて答えていた。帰りのまたねが少し元気がないような気がした。
次のデートでは夜ご飯を食べた。話の内容や雰囲気は前回通りだった。しかし、お店を出た後、少し沈黙が続いて少し雰囲気が重くなった。なんだか緊張感があった。しばらくして啓介は私の手を握ってきた。心臓が無くなってしまいそうな程に鼓動を打った。今何が起こっているのかわからかった。今まで彼氏は2人いたが、どちらとも違うリード感があった。彼の手の肉肉しい握り心地に言い知れぬ安心感の波が押し寄せた。緊張感と安心感が交互に訪れてたまらなく嬉しくなった。彼は立ち止まった。いつの間にか彼の家の前にいた。私はセックスを予感していた。求められることが嬉しかったし、特に大切にしていた覚悟を決めたつもりだった。でも私の足は動かなくなってしまっていた。「そういうのじゃないの。本当に嬉しいの」私は慌てて言った。自分でもなぜ足が動かないか分からなかった。足が震えて笑っていた。彼は気まずそうにしていて笑っていた。「安心して」と笑顔で言ってくれていたが、私の足は一切動くことはなかった。私は少し涙目になってしまった。彼は小さなため息をついていた気がした。「まあいいよ。またね」と彼は家の中に入ってしまった。私はショックと自分の不甲斐無さに放心状態で帰路についた。自分の家の前に着くとコウがいた。「どうしたの?」と私が驚いて聞くと、「んーうまくいったかなー?って思ってさ。最新情報仕入れたいなーと…」コウは何かを察したように声量が小さくなった。それを見て私はやっと笑顔になった。「何言ってるの?最新情報って何?」と私は言った。「まー…その…大丈夫だと思うぞ。」「なんの根拠もないくせに」と私は笑った。啓介といる時とはまた違う安心感があった。「その…来週祭りにでも行かない?花火もしたいって言ってたしさ」コウが言った。「やった!約束だよ」私はその日は疲れてすぐに眠ってしまった。
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