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去年の春。 最近結衣がよく転ぶと、滝川さんが実家に遊びに来た時に両親に話していた。 両親はその話を、もともと結衣はドジな子だからと、受け流すように聞いていて、僕は少しだけ心配な気がした。 廊下の窓の外には小さな庭。趣味で花壇を作り花を植えていた。 結衣が座って外を眺める姿は、子供の頃から変わらない。隣に座るとこちらを見て目を細める。 「お花、タネから咲かせたの?」 「まさか。苗を買って植えた。うちの店の。」 「へえ。晴はお花好きだねずっと。」 「なんか、かわいいから。」 「へえ。」 立ちあがろうとしてふらついているのが見えた。頭を抑えるのが気になった。 「頭痛いの?」 「違うよ大丈夫」 「よく転ぶの?」 「うん?なんで?」 「滝川さんが心配してる。」 「…サンとお散歩してる時たまたま…。」 「サン?」 「うちの犬。男の子だから、サン。」 「ふーん。」 結衣はもともと貧血のある体質だった。 小学校の修業式で突然、隣でしゃがみ込むから僕は驚いた。ふざけてるのかなって思ったら顔色が悪くて汗が吹き出してきて。どうしたの?って聞いたら、前が見えないって。先生が駆け寄ってきて、一緒に保健室に連れて行った。ベッドに横になっている結衣を見て、このまま死んじゃうんじゃないかって不安になっていたら、保健室の先生は貧血だねって。僕はよくわからなかったけど、なんか可哀想だなって思ったのを覚えている。 「病院、行きなよ。」 僕が言うと 「いやだ。」 病院嫌いの意地っ張りは健在で 「大変ことになる前に治しなよ。」 「病院はコンビニじゃないんだって言われたくないの」 変な屁理屈を言ってくる。 「知らないよ。」 「何が?」 「…死んでも。」 「大袈裟だよ、晴。」 「葬式、行かないよ。」 「何それ。来てよ。顔の周りにお花飾ってよ。晴、お花のセンスいいし。だからさ、私に似合うお花ちゃんと選んでくれそう。」 「バカ。」 「なんで?バカって言う方がバカなんだよ。」 僕を見下ろしながら、その顔は優しく笑っていた。 病変なんて、普通に生きていたらやっぱりわからなくて、結衣自身もこの時は自分に何が起きてるかなんてわかってなかったみたい。 遺影って、なんでこんなに良い写真なんだろう。 祭壇に並んだ遺骨、位牌、遺影。線香の煙と、僧侶の読経。 結衣のクラスは3年2組。男の先生と一緒に20人くらいの児童も参列している。 全部、架空の出来事に見える。
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