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目の前の現実なのに、僕は今夢の中にいるかのようで、滝川さんが喪主席でハンカチで目元を押さえているのもテレビドラマのワンシーンに見える。父も義母も瞼が腫れていて、義母が握りしめる数珠からギリギリ音がする。うるさいからやめて欲しいけど、娘が自分より先に逝ってしまったのだ、無理もないのだろう。 「それでは、ご親族様よりご焼香をお願いします。」 儀式的な進行に従って、席を立って祭壇の前に立った。 結衣が病院に運ばれたのは、それから2ヶ月後。体育の授業中、足がもつれ激しく転び立ち上がれなくなったそう。転び方が良くなくて骨折したらしい。 結衣にとって初めての入院生活を送ることになった。 それ以外にも耳を疑うことを聞かされた。 脳出血。 医師によれば、それは度々起きていたそうで、気づかないほどの症状だったそう。 「暇、ねえ、晴。暇なんだけど。」 喋る方にはなんら問題はなかった。 でも、右の手足には麻痺が残っている。 「それが一命をとりとめた人物が言うセリフ?」 「晴、私を説明しないで。」 「滝川さんは?」 「来るよ、毎日。ほら見て。差し入れだらけ。」 ベッドの横のテーブルには、ブドウ糖が入っているチョコレートのいろんな種類のものが並べられている。 「真面目だね、滝川さん。」 「うん。酸素と糖が必要だからって。」 右手をしきりに摩りながら話すのが痛々しい。 「だから早く病院に行けって言ったんだ。」 僕は少しだけ結衣を怒った。病気の発症は本人のせいではないことを理解した上で。 「貧血の時は、採血が怖くて病院に行かなかったね。」 「だって、…痛いじゃん。」 「虫歯の時も、音が嫌だって言って歯医者に行かなかったから、歯を抜くことになった。」 「あれは乳歯だったからセーフだよ。」 「僕の言ってる意味、わかってないね。」 少しだけ自分が苛立つ理由を探した。 行き着いたのは結衣が痛い目に遭うのが嫌だと言う気持ちだ。 「…怒んないでよ。」 僕が怒るとしゅんとしてしまうのが、結衣の子供の頃からのくせ。 「これあげようと思ったけど、やっぱり持って帰ろっかな。」 「え?」 僕が持っていったのはディズニーの絵柄の包装がついた棒のキャンディ。 「欲しい!」 「じゃ、約束して。ちょっとでも体が変な時はこれからは病院に行くって。」 「約束する。」 「どうぞ。」 「ありがとう。」 子どもみたいに笑う顔は、僕がずっと見てきた顔だった。
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