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僕のそばからライターを手に取って線香花火に火をつける。勢いのあった炎は火薬を丸め儚いオレンジ色になり。 「私、たぶん。」 「え。」 「…やりたいことは、全部やったよ。」 大きな火玉となる。 「蕾から牡丹。晴は、ここ。私も、ここが良かったな。」 線香花火の序盤。 「松葉。滝川さんは、ここかな。学年主任だし。仕事盛りだね。」 火花が激しく散る。 「柳……うーん。お義父さんお母さんかな。まあ、定年にはまだまだもう少し時間あるか。」 火の勢いは衰えて、火花が細い。 「散り菊。私はここ。」 菊の花びらが1枚ずつ散るように火花がパラパラと落ちていく。 火玉も小さくなり静かに火が消えた。 「考えてみたら、やりたいこと全部やってたの。」 結衣はゆっくり静かに話す。僕を落ち着かせるように。 「まず、1つ目のやりたかったこと。イケメンと一緒に暮らしたい。」 「は?」 僕が、冷めた顔をすると結衣は少し顔を赤らめた。 「ママレードボーイ。お母さんの部屋にあって。昔の漫画なんだけど、憧れちゃった。 私ね、不謹慎なんだけどさ、離婚したてのお母さんに、今度お父さんになる人はイケメンの子どもがいる人にしてって、言ってたの。 そしたらなんと!次のお父さんには晴がついてきました。」 「僕のこと、おまけだと思ってない?」 「うわ、自分のことイケメンだと思ってる。」 「バカ、思ってないよ。」 「バカはやめて。」 結衣が冗談ぽく笑うから釣られて僕も笑う。 「2つ目は、学校の先生。」 「叶ったね。」 「学校大好きだから、本当に嬉しかった。クラス担任は大変なんだなって、思ったけど…楽しい。」 「いいね。」 話を聞きながら、ひまわりを眺める。重い頭をぶら下げて暗闇に佇む。 「まあ、運動会はもう1回で良いからやりたかったし、あと6年生の担任もやってみたかったけど…。それは滝川さんに私の分もやってもらおうかなあ…と、思って…おります。」 「託すってこと?」 「うん。あ、3つ目は結婚は、晴より先に!」 左手の薬指にはめた指輪を誇らしげに見せてきた。 「絶対、絶対、晴に勝つって決めてたから。」 「…結婚に勝ち負けないだろ。」 「そだね。で、晴、結婚は?」 考えたこともなかった。 「考えてない。」 「ふふ。晴らしい。」 結婚を考えたことがなかったのは、隣にいる相手を結衣以外に想像したことがなかったから。 「…なかなか趣味が合う人がいない、かな。」 「そっか。お花ね。え?いるって絶対。頑張れ。」 「うん。がんばるわ。」 でも、自分の相手を探すことより、結衣のためにできることを探そうと思った。泣いてしまった以上、それが1番大事だと。 「結衣、僕にしてほしいことある?」 最後の線香花火1本ずつ手に持って火をつけた。 「お花…。」 「え?」 「晴の好きなお花いっぱいちょうだい。」 「…いいよ。」 2人とも火玉が途中で落ちて、花火会はあっけなく終わって。名残惜しくて手を繋いだ。 この時間が長く続けば良い。永遠に隣にいてほしい。 そう思うのは、この時、この瞬間だけだったのか、いやもっと昔からそうだったのか。 どちらにせよ、失うならいっそと頭をよぎったのは間違いなかった。 僕は汚い、と少し自分が嫌になる瞬間だった。
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