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焼香の列は、思っていたより長かった。小学校の関係者が多くて、子どもたちも見よう見まねで結衣に手を合わせる。 弔辞には、3年2組の代表児童がお別れの言葉を贈ってくれた。大人のようにすらすらと読み上げていく。学級委員長のような優秀な児童なんだろう。結衣には自分の子どもはいなかったけど、子どもたちに囲まれる毎日は幸せだったんだろう。 短くはあるが充実した人生…そんな言葉が思い浮かぶ。 病室はいつも明るい空気が漂う。 学校帰りの数人の児童が2人ずつお見舞いに来ていた。僕は休みの日に花を届けて、児童と結衣は花を囲んで写真を撮っていた。 「先生、いつ戻ってくるんですか?」 そんな質問は、僕が見ている限り毎回だった。結衣は少し困りながらも、元気になったらだよって明るく笑っていた。 僕はそんな様子を見ながら持ってきた飲み物を冷蔵庫に入れたりしていた。 「先生、早く戻ってきてください。」 児童が1人そんなことを言った。 引率の先生と一緒に帰る児童に手を振り、視界から児童たちがいなくなると少しだけ寂しい顔を見せた。 「みんな、帰っちゃったね。」 「待たれてるんだ、私。」 病気になってから、結衣が寂しい顔をするのを初めて見た。 「…私、幸せすぎるよね。」 「ん?」 病気で入院してるのに幸せって言葉が出てくるのはなんでだろう。 「うちの学校に来られて良かった。先生になれて良かった。私、子どもたちに会えて良かった。 入学式からずっと一緒だった。 あの子たちが、私、大好きなんだよ。 大好きって言わせてくれる、こんな幸せ、他にあるかな?無いよね。」 結衣の横に座る。 「…そうだね。奇跡じゃない?」 僕にしがみついて泣く。 結衣が日々を大事にしてきたことを感じずにはいられなかった。 「うん。奇跡だよ。」 涙を流して、それでも笑って。 僕は結衣が安心するように背中をさすった。もう少し、もう少しだけで良いから、結衣がまた学校に帰れるようにって願いながら。 夕方、庭に出た。沈んでいく夕日。 眺める横顔は今までに無いほど綺麗だった。 「ねえ、私が死んでも晴は泣かないで。」 そんなことを呟いた。 「いや、約束できないけど。」 「晴の泣いた顔、かわいそうだから見たくないよ。」 「…自分勝手だな。」 夕陽が沈んで空はピンクに青にオレンジに水色に…。 「ねえ晴、また会いましょうの時に贈るお花は?」 2人の影は長く伸びていた。 「結衣先生、さようなら。」 児童代表のお別れの言葉。 結衣の遺影は、変わらず笑顔だ。 滝川さんが声を殺して泣いている。肩を震わせて。 父も静かに。義母は、目に当てたハンカチをずっと外さない。 でも、僕は約束を守っていた。 朝、出棺する前には棺の中の結衣の顔の横にはダイヤモンドリリーを添えた。 だから、結衣との約束は絶対に破れない。 って。
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