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時刻は4時40分になっていた。
「菊原さんは、レモン好き?」
突然の質問に、レモン?と美咲は聞き返した。
「そう。レモン。」
元木はそう言いながら立ち上がり、レモン味の飴を取り出して、美咲に差し出した。
「相談料、ってことで。」
元木の笑顔に、美咲は鼓動が強くなるのを感じた。
「あ、ありがとう。」
そうお礼を言う。心臓が痛くて、声が上手く出せなかった。呟くような、小さなお礼。それを元木は反対の意味にとった。
「レモン、嫌いだった?」
と、手を引っ込める。
美咲はそんな事ない、と慌ててその手を掴んだ。そして、
「…だっ!大好き!!」
と、今度は半ば叫ぶように言っていた。
驚く元木の表情を見て、はっとした。慌てて手を離し
「レモン!レモンが大好きなの!」
と、必死に訴える。咄嗟の事とはいえ、手を掴んでしまったことに、顔から火がでそうだった。視線のやり場に迷い、目が泳ぐ。耳までが熱い。美咲が下を向いていると、
「ふ…ははっ!真っ赤!」
元木が笑った。
「そんなにレモン、好きなんだ。」
そう言って、改めて飴を差出す。
「そうなの。…ありがとう。」
美咲は受け取った飴を両手でしっかり持ち、大切そうに眺めていた。なぜだか、今食べてしまうのは勿体ないと感じた。
元木は、どういたしまして、と一言残し、元の場所へ戻った。元木にとっては何て事ない、たまたま持っていた飴をあげただけだ。元木はキャッチャーミットに塗るオイルを二種類取り出し、丁寧に塗りこむ。
ミットの捕球面と背面で、違うオイルを塗るのだと、以前言っていたことを美咲は思い出していた。
大切にそうにミットを撫でるその様子を、美咲はまた眺めるだけだった。
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