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「カボチャ料理買ってきて…ってなんだ…?」
凪の子守りをしてくれている大吾からメッセージが来たと思ったらまた訳の分からないことを…。
凪がカボチャ食べたいと言っているんだろうか。それならまぁ、買って行くけど。
帰りにスーパーに寄ると、店内は“HAPPY HALLOWEEN”と描かれたイラストやカボチャのオーナメントが飾られていて、ようやくそこでカボチャ料理買ってきての意味を理解した。
そうか、今日はハロウィンだ。
きっとイベントごとが好きな大吾のことだ、うちでハロウィンパーティーでもするつもりなんだろう。
これは部屋が散らかりそうだな…という憂鬱とした気持ちと、凪と初めて過ごすハロウィンにそわそわとした気持ちを抱えながらカートを押して店内を歩いた。
やはりハロウィンだから、なのか。店内には思っていた以上にカボチャを使った料理が並んでいた。
カボチャサラダやカボチャのスープ、カボチャコロッケにカボチャのグラタン。とりあえず目に付くものを入れてく。デザートコーナーに移動すればカボチャプリンやカボチャタルト、お菓子コーナーにはカボチャ味のクッキーやパイやお煎餅なんかもあって、あっという間にカゴの中はいっぱいになってしまった。
レジを打ってくれた店員さんもおそらく黒猫?のカチューシャを付けてちょっとした仮装をしていて、世の中の浮かれた雰囲気に自分もだんだんと飲み込まれて行くのを感じた。
*
*
「ただいま〜」
いつも通り玄関のドアを開けると、どたばたと大きな足音がふたつ聞こえてきた。その足音に背を向けて鍵を閉めていると、足音以上に大きな声に迎えられる。
「直!おかえり!!」
「おかえり〜」
「はいはいただいま」と振り向くと、そこいるのはいつもとは違った装いのふたり。大吾はドラキュラで凪は…
「悪魔?」
「うん!あくまなぎ!」
「どう?凪めっちゃ可愛くない?」
見て見て!と言いたげにくるくると回る凪。そりゃあ可愛いしとっても似合ってるけど何で悪魔なんだろう?まぁどうせ大吾が選んだんだろうけど。
しばらくくるくる回ったり後ろを向いて羽を見せてくれていた凪だけど、突然はっとしたように大きく目を見開いて言った。
「早く直もかそうしなきゃ!おばけ来ちゃう!」
「…おばけ?」
「かそうしないとおばけ来ちゃうの!」
「…はい?」
なんのこっちゃと大吾を見れば、大吾が気まずそうに目を逸らす。これもまたどうせ大吾が凪にいいかげんなことを吹き込んだんだろう。仕事から帰ってきたばかりなのに、一息つく間もなく動きにくそうな衣装に着替えさせられた。
「…これなに?」
「ん?オオカミ男」
「直すごい!かっこいい!!」
「…そう?」
「うん!本物のオオカミみたい!」
めんどくさいなぁと悪態をついてみたものの、やっぱり凪にかっこいいと褒められるのは嬉しいわけで。それなら今夜はこのままでいいかと思ってしまうんだから、本当に自分は単純なやつだと思う。
また大吾が「直は本物のオオカミだから気を付けてね」なんて余計なことを言っているけど、それは無視してスーパーで買ってきたものをテーブルに広げた。
「わぁ!お菓子いっぱい!」
「凪。お菓子の前にご飯ちゃんと食べるんだよ」
「はぁーい!」
父親になんてなったことないくせに、こんなことを言う自分に新鮮さも何も感じなくなっている。凪と過ごすハロウィンが初めてとは言え、それほどに長い時間を凪と一緒にいるんだなぁと思うとなんだか心がムズムズとくすぐったかった。
「直!次これ食べたい!」
「もぉ〜…、いいかげん自分で食べてよ」
「だめ!直に食べさせてもらうの!」
「しょうがないなぁ…」
ハロウィンパーティーと言いながらハロウィンらしいことと言えば仮装をするくらいかと思ったら、なぜか今日の凪はいつもよりもわがままと言うか、駄々っ子と言うか。ご飯を食べるのもいちいち「直が食べさせて!」と強要してくる。これも大吾に「悪魔はわがままだから、今日は凪もわがままにならないとだめだよ?」と教えられたらしい。だからと言ってそれを律儀に守る凪も、そしてそれ以上にそんな凪の言いなりになって、この時間を楽しんでいる俺も本当にどうかしていると思う。
「…俺、こういうの好きだったんだな…」
隠れていた自分の性癖が暴かれていくようで怖くもあるけど、もうどうでもいいやと開き直り始めている。
一通り凪にご飯やお菓子を食べさせて賑やかに時間を過ごしていると、凪がソファーに体を預けてうとうととし始めた。
「…凪、寝そう?」
「うん、もう寝るかな」
「ふふ、羽邪魔そうだね」
「でも外そうとしたら起きそうだよなぁ〜…」
そんな俺と大吾の会話はもう凪には聞こえていないだろう。
すーすーと寝息を立て始めた凪のふわふわとした焦茶色の髪を撫でる。
黒い耳と黒い羽を付けたままの姿は確かに悪魔なんだけど。警戒心も猜疑心もどこかに置いてきてしまったような幼い寝顔は悪魔になりたがった天使にしか見えなくて。凪はどうしたって悪魔じゃなくて天使だよなぁ…と、そんなことを思ってしまった。
しばらく凪の寝顔を眺めていると、「直、直」と、大吾の小さな声に名前を呼ばれた。
「これ見て」
「…なにこれ?」
ずいっと向けられたスマホの画面には様々な仮装を楽しむ凪の写真が大量に並んでいた。
「凪のコスプレコクション」
「悪魔だけじゃなかったの?」
「なわけないじゃん。俺のこの大荷物見てよ。凪に色々着せたくていっぱい持ってきたんだから」
「お前なぁ…」と呆れたフリをしながらも、大吾からスマホを奪い取り1枚1枚じっくり見てしまうのは男の性というやつだろうか。
悪魔とはまた少し違った黒い耳と黒いしっぽを付けた凪やカボチャの格好をした凪、とんがり帽子をかぶって魔法の杖を振りかざす凪…などなど。なんだこれ、めちゃくちゃ撮ってるし、全部めちゃくちゃ似合ってる。
「写真、ほしい?」
「…とりあえず全部送って。…別にほしいわけじゃないけど」
「素直じゃなさすぎるだろ!」
あまのじゃく!と非難してくる大吾にスマホを押し付けて早く送れと催促する。
ピコンピコンと鳴るスマホの通知音を聞きながら、俺の頭は来年のハロウィンは何の仮装をしてもらおうか…と考え始めていた。
The squirrel
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