スイートハート

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スイートハート

目の前にいる彼女は、なめらかな体のラインが強調されたタイトなニットを着て、緩く巻いた長い茶髪をふわふわと揺らしている。 そして上目遣いに話しかけてくるその姿は、異性として確かに魅力的、なんだけど。 「先輩って、どんな女の子がタイプなんですか?」 合コンではなく会社の親睦会で、乾杯のあとの第一声がコレという後輩もどうだろう。 「そうだなぁ…。…髪は黒のショートカットで、抱きしめたら骨が当たるくらい華奢で、それからおとなしそうに見えて実は気が強い。子がタイプかな」 「…え…、あ、そうなんですかぁ…?」 最初はテキトーに好きになった子がタイプなんて誤魔化していたけど、髪の長さは?綺麗め?可愛い系?体型は?性格は?としつこく聞いてくるもんだから、そこまで聞くならと本当のことを言えば後輩の顔はみるみる強張っていった。 髪が長くて、メリハリのある体で、見るからに明るく活動的な自分とは程遠い理想像だったからだろうけど。だけどこれが本当のことなんだから仕方ない。もっと言ってやろうかと口を開きかけたところで、ガラガラと店のドアが開くのが見えた。 そこから顔を覗かせたのは、仕事の都合で遅れていたうちのSEで、俺の同期で、そして会社には内緒で交際している俺の恋人だ。 「おつかれ!こっち、こっち!」 他の人に取られる前に声を張り上げて手招きをする。俺に気付いた彼は軽く片手を上げると、声をかけてくる人にぺこぺこと会釈しながらこちらにやってきた。頭を下げるたびにサラサラと黒髪が揺れる。 そして目の前まで来た彼の腕を引き、「ここ座って」と初めから空けていた俺の隣に座らせた。 俺と壁に挟まれた席。これで彼を独り占めできる。俺たちの前には同じく同期の人事部員と営業の女子社員が座っているけど、彼らだけは俺たちの関係を知っているから、多少イチャイチャしても許してくれるだろう。 俺の体の向きがあからさまに彼に向いたことで、後輩はひくっと眉が動きひきつった表情を見せたけど、もうそんなことはどうでもよくなっていた。30分近く相手をしていたんだからもう十分だ。 「お疲れ。腹減ってる?何食べたい?」 ぐいっと腕を伸ばして壁際に置かれた電子パッドを手に取る。俺の恋人は華奢なわりに大食いだ。そこも好きなところかも。もぐもぐと口いっぱいに頬張って、ご飯を美味しそうに食べるところ。 んーそうだなぁ…と彼が言いかけたところで、「先輩!ここペペロンチーノめっちゃおいしいらしいですよ!」と後輩が身を乗り出してきた。へ〜…と適当に相槌を打ちながらパスタコーナーはとんとんっと見もせずページを送る。彼はパスタよりご飯派なんだ。とくに仕事終わりでお腹を空かせているときはガッツリ系の肉料理と米があれば満足なんだから。…まぁそんなこと、俺だけが知っていればいいんだけど。 「あ、これ好きそうじゃん。あとこれと、これ。…あとビール?」 「あ、うん」 その後も後輩はこれおいしそう!これ頼みましょうよー!と甘い香水の香りをほのかに漂わせながらメニューを指差してきたけど、何かと理由をつけて却下していく。彼女の提案を全て無視して恋人の好物ばかり選んでいくと、後輩はなんで?と言いたげな顔で斜め前にいる彼を軽く睨みつけた。 その様子を呆れたように見つめていたのが同期のふたりだ。 気まずそうに、居心地が悪そうに、ちまちまとお通しのサラダをつまんでいる彼に仕事どう?これもうまいよ?と声をかけてくれている。料理が運ばれてくれば彼の分を取り分けてくれて、「そういえばこのあいだのさぁ…、」と同期にしか分からない話で盛り上がる。 そして俺もいちいち、これは本当にいちいちなんだけど、彼が料理を口に運べば「うまい?」と聞き、彼が腕をさすれば「寒い?温度上げてもらう?」と気遣ってみせる。 はたから見れば世話焼きすぎ…と呆れられてしまうかもしれないけど、俺たちふたりにとってはこれがいたって普通の、ごく当たり前の日常だった。 するとイライラが募っていたであろう後輩が突拍子もなくこんなことを言い出した。 「おふたりって仲良いんですか?なんかめちゃくちゃ意外!雰囲気違いません?」 顔はにこにこと笑っているけど、その言葉には棘がある。恋人の心をちくりちくりと刺す棘が。 付き合い始めてから、今でもずっと。彼は「なんで俺なんかと」と言い続けている。先に好きになったのも、告白をしたのも俺なのに。それでも「お前みたいにみんなの人気者みたいな奴がなんで俺なんかと」って。 確かに彼は派手ではないし、ぎゃあぎゃあと騒ぐタイプでもない。だけど彼が持つ意思の強そうな瞳も、形のいい高く通った鼻筋も、口紅なんか塗らなくったって赤く色付いた唇も。その全てが美しく、俺の劣情を煽っていることに彼自身は気付いていない。 目を伏せてほんの少し傷付いた顔を見せる恋人の手を握る。テーブルの下で、誰にも見つからないように。 すると向かい側から聞こえたのは「そう?俺ら同期めっちゃ仲良いのに!なぁ?」と言う、底抜けに明るい声だった。 「とくにお前らふたりはめっちゃ仲良いよな!俺らでも入れないくらい!」 な?と同意を求めてくる同期の顔はどうだ?言ってやったぞ?とでも言いたげで。うっかりありがとうと答えてしまいそうになる。 だけど後輩は引くに引けなくなったのか、「でもどんなに仲良くても彼女とか好きな女の子できたらその子が一番になっちゃいますよね!男友達は二の次になりません!?」と、そんなことを言った。 「…さっきからさ、なに?なんなの?」 それに噛み付いたのはもうひとりの同期だ。 すでに出来上がりつつある赤く染まった顔で、彼女ははぁ、と大きくため息をついた。 「彼女とか、好きな女の子とか、好きな女のタイプとか、男友達とか…。なんでいちいち性別で分けるかな。もうそういうの聞くと悲しくなるからやめてくれない?彼女でも、彼氏でも、女でも、男でも。その人にとって大切な人なら、もう性別なんてなんでもいいんだって。男でも誰かのお姫様になれるし、女でも誰かの王子様になれるんだよ」 酔っているのか、いないのか。 彼女は至極真面目な顔でそう言い放った。 彼女の言葉がすとんと心に落ちてくる。 長い髪が揺れていなくてもいい。柔らかな胸なんてなくてもいい。甘い香水の匂いなんてしなくていい。男でも女でも、そんなものはどちらでもいい。 彼が彼であるなら。 彼が永遠にたったひとりの恋人でいてくれるなら。 他には何もいらないと、本気でそう思う。 そのあとは後輩の彼女はすっかり元気をなくしてしまって可哀想だったけど、俺の大事な恋人を傷付けたんだ。少しくらい反省してもらわなきゃ困る。 しばらく時間を過ごしたあと、お開きの時間になった。 店を出て、駅へ向かう途中。 「あの、」と彼女に呼び止められた。 「あの、さっきはなんか、失礼なこと言ってすみませんでした」 彼女の目は、俺ではなく隣にいる恋人をまっすぐに見つめている。 彼は慌てた様子で「え、いや、全然」と顔の前で手を振ると、気を付けて帰ってね?と、彼女に向けてふわりと目尻を下げた。 この顔が、好きだ。 すべてを優しく包み込む、聖母のようなこの顔が。 彼女は一度唇を噛み締めると、ぺこりと頭を下げて立ち去って行った。 彼女はきっと、俺たちふたりの関係に気付いたはずだ。だけどそれを面白おかしく言いふらしたりはしないだろう。 会社の同僚たちが次々に駅の中へと消えていく。 話を合わせていたわけじゃないけど、俺と彼はただなんとなくその場に残っていた。 周りに人がいなくなったところで、指を絡めて彼の手を握る。 「…なに?」 「え?なんか手繋いでほしい顔してなかった?」 「は?してないし」 そうつれないことを言いながらも、彼はきゅっと手を握り返してくる。 街灯に照らされた耳が赤く染まっているけど、それは言わないでおこう。 素直なのに、素直じゃない。 これも彼の好きなところだ。 「…帰ろっか」 「…ん」 絡めていた指を1本ずつ解いていく。 あぁ早く、ふたりきりになれる場所へ帰りたい。 誰も知らない、ふたりで暮らすあの部屋に。 意地悪をしてしまう女の子とある恋人たちの話
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