14歳

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14歳

ガラガラと教室の扉を開けて最初に目に入るのは、窓際の席に集まって楽しそうに会話をする数人の男子生徒の姿だ。 クラスの女子生徒たちがチラチラとその真ん中にいる彼に視線を送っているのが分かる。 (みどり)はその彼のことも、彼を見つめる彼女たちのことも、まるで何も気にしていないふりをして、ひっそりと自分の席に着いた。 深い紺色のスクールバッグからノートと黒いペンケースを取り出して、ふぅ、と小さく息を吐き出す。 大和(やまと)はいつだって、みんなの真ん中にいた。 運動が得意で、勉強はちょっと苦手。背が高くてかっこよくて、でも笑った顔は可愛くて。 たとえ出会ったばかりで大和と過ごす時間がどんなに短かったとしても、人は大和が魅力的だということにすぐに気付いてしまうだろう。 大和の周りを取り囲む人たちと、数年前の小さな自分の姿が重なる。 「大和の隣にいたのは自分だったのに」 こぼれそうになる言葉を飲み込むたびに心がずしんと重たくなった。 そんなことを考えてしまう自分に嫌気がさす。どうしようもない寂しさと喪失感に苛まれて、翠は耐えきれず視線を逸らした。 1時間目の授業は数学だ。宿題を見直さなきゃと自分に言い聞かせてノートに目を落としても、翠の耳には楽しそうな話し声や笑い声が届いて、「大和は俺のなのに」とおもちゃを取られた子どものような、幼く乱暴な感情が浮かんでくる。 そんなことを考えるくらいなら、彼らの輪の中に自分も混ざればいいだけなのに。だけど体は鉛のように重たくて、翠はその場から動くことができなかった。 でも、それでも…とゆっくりと顔を上げて恐る恐るその様子を見つめた瞬間、伸び始めた前髪の隙間から、こちらをじっと見つめている大和の視線とぶつかった。 目が合ったら最後。 大和は絶対に、自分から目を逸らすことはしない。 目が合ったまま、大和はゆっくりと頷いた。 そして大和は周りに何やら断りを入れて、友人の輪を抜け出した。そして迷わず自分の元へと向かってくる。 「翠?どうした?」 そう言って顔を覗き込む大和の声には、包み込むような柔らかさと陽だまりのような暖かさががあって、視界がじわじわと滲んでいく。 「大和は、何も変わらない…っ?」 口をついて出た言葉はあまりにも漠然としていた。 翠自身も必死な様子が隠しきれていないのはわかっていたけど、大和はその姿に疑問を抱くでも笑うでもなく、真剣に言葉を返してくれる。 「うん。俺は何も変わらないよ」 欲しかった言葉をすんなりと告げる大和に、ここが教室だということも忘れて涙がこぼれそうになる。 はぁ、と深い息を吐くと、全身が柔らかくほぐれていく感覚がした。無意識のうちに肩や、腕、全身に力が込められていたみたいだ。 「翠、今日は一緒に帰ろうか」 「…え、でも、みんなと」 「ううん。今日は翠と一緒に帰る」 「なんで…」 「知ってるだろ?俺、翠のことはほっとけないの」 そう言って笑った大和の顔は、出会った頃と何も変わらない。 小学校2年生のとき、大和のいる学校に転校した。 悪気はなかったと思うけど、「翠だって!女みたいな名前!」とクラスメイトにからかわれた。だけど大和だけは真剣な顔で「俺は好きだよ。とっても綺麗な名前」と言ってくれた。 それからずっと大和は翠のそばにいてくれた。 そんな優しい大和に恋に落ちるのは、とても自然なことだったと思う。 だけど14歳になった今、その気持ちがとても不自然なことなんだと嫌でも思い知らされてしまった。 帰り道も、休み時間も、いつだって一緒にいれくれたのに。翠は少しずつ少しずつ、大和から離れていった。 大和への想いをぶつけることも手放すこともできなくて、自分が自分じゃなくなりそうで怖かったから。 「翠が寂しそうな顔してたらほっとけないよ。先に部活終わったら、ちゃんと教室で待っててよ?」 一方的にそう告げて離れていく姿を見つめながら、また縋るような顔をしてしまったのだろうかと考えた。 生まれ持った性格か、友人や両親のほんの些細な言葉を気にして不安になることが多かった。何か気に触ることを言ってしまっただろうか。何か失礼な態度をとってしまっただろうか。嫌われたくない一心で、顔色を伺ってばかり。だけどそれが却って、彼らには鬱陶しく映ってしまう。 どうすればいいのか分からなくて、かすかに口元が歪むのを、大和は決して見逃さなかった。 そして今と同じように「翠?どうした?」と駆けつけてくれたんだ。 そんな大和の行動に今まで何度救われてきたか分からない。「別に何もないよ」と答えても、「助けてって顔してる。俺には分かるよ」と、大和はにこっと笑ってみせた。 何も言葉を発していないのに、大和にはなんでもわかってしまう。それがくすぐったくて、嬉しかった。 中学生になっていつのまにか大和がどこか遠い存在のように見えてしまっていた。自分から離れておいて、とても勝手なことだけど。それでも変わらず頷き駆けつけてくれる姿に翠はひどく安心した。 そしてそれと同時に、大和のこの優しさが、いつまで自分に向けられるんだろうと考えた。 「俺は何も変わらないよ」と大和は言ったけど、人は何も変わらずに大人になることは無理なんだと思う。 高校生にもなれば、大和の隣には美人でしっかり者の女の子が並んで、大和はきっとその彼女に優しい笑顔を向けて「一緒に帰ろう」と告げるんだろう。 そのときに、笑って「ばいばい」が言えるように。 今はまだ、このままで。 14歳
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