信じる者に幸福を。

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信じる者に幸福を。

『スペインのチームから声がかかって。正式に移籍することになったんだ』  太陽からそんな話を電話で聞いた時、私は喉にものがつかえたような気分になった。言葉が、まるっと気管で引っかかって出て来なくなってしまうような。あるいは、食道のあたりでぐっと固まって喉を塞いでしまったかのような違和感。 『……眞澄(ますみ)?』 「あ、ご……ごめん!びっくりしちゃって」  彼の不安そうな声で、ようやく私は我に返った。黙り込んでしまった数秒。太陽はどう受け取っただろう。もっと喜んでくれるのではと思っていたかもしれない。応援してくれるはずだと思ったのかもしれない。それなのに、明らかに歓迎されていない空気を感じ取ってしまっただろうか。 「凄いじゃん、おめでとう!サッカーの本場だよね」  掠れた声は誤魔化せただろうか。ちゃんと嬉しそうな響きが出せただろうか。正直、まったく自信がなかった。  サッカー選手としての彼の実力が認められたのだ。本来それは、彼を応援し続けてきた恋人としては喜ぶべきところである。それなのに、報告を聴いて最初に思ったのは“なんでよりにもよってスペインなの”だった。そう思ってしまった自分の身勝手さに吐き気がした。  私は結局彼の夢が叶うことより、自分の気持ちの方がずっと大事であったというわけだ。何が恋人だ。何が彼女だ。自分自身のことしか考えていない己が嫌で嫌でたまらない。 ――最低だ、私。  唯一の救いは、これが電話であること。対面だったなら、私はきっと何一つ嘘をつくことができなかっただろうから。
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