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夕焼けを観察しているうちに、朱里はいつしか自分自身も夕焼けに心を慰められるようになっていた。
1日のうちであらゆる予測不能な事態を経験し、感情の暴風雨に晒され、身も心も疲れ果てた時、夕焼けは朱里の心にそっと入り込み、よく頑張ったね、お疲れ様、と声をかけてくれた。暮れなずむ空を見上げながらその日あった出来事を思い返し、あぁ、自分は今日も1日を終えられたのだと安堵した気持ちになりながら帰路につく。それが朱里の日常だった。
だが、かつて朱里の心を癒やし、帰路に着くまでの道を優しく照らしていたはずのその光は、昔ほど朱里の心を焦がすことはなかった。
日が沈み、太陽が床に就いた後も街が眠ることはない。ビルの窓から漏れる無数の灯りに照らされ、街が昼と変わらぬ明るさを保ち続ける中で、人々は蓄積された疲労から目を背けたまま活動し続ける。オフィスに留まる社員達は、夜を迎えたことにすら気づかぬまま、ネクタイを緩め、凝った肩を揉みほぐしながらせっせとパソコンの画面に向かい続ける。夕焼けが1日の終わりを告げたのは学生の時までのこと。ひとたび社会に出れば、人々は昼も夜もなく関係なく動き続ける。
朱里とてそれは例外ではない。これから社に戻り、上司に商談の結果を報告し、それをレポートとしてまとめなければならない。退社する頃にはとっくに20時を回っているだろう。社に残っている同僚にお疲れ様、と声をかけてビルを出て、人工的な灯りの明滅する街を通り抜けて帰路につく。心身に蓄積された疲労を癒すのはエナジードリンクやコーヒーの役目。1日を回顧する暇も体力もないまま死んだように眠りにつき、朝になれば、ねじを巻かれた時計のように再び一部の狂いもなく動き始める。普段の朱里ならば、そんな生活に特に疑問を抱くことはなかった。だが今の朱里は、高揚していたはずの自分の心までもが落陽のように沈んでいくのを感じていた。
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