作られた自分

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 朱里は窓硝子に映る自分の姿を見つめた。趣味のいいスーツを着こなした有能なビジネスウーマン。それが人が朱里に対して抱く第一印象だった。高校生や大学生が朱里の姿を見たら、自分もあんな颯爽としたキャリアウーマンになりたいと羨望の眼差しを向けてくるだろう。  でも、もし昔の自分が今の自分を見たとしても、同じように思えるだろうか? 朝から晩まで笑みを張りつけて、朗々とした声音で話すことが癖になっている。そんな会社のために仕立て上げられた精巧なマシーンのような自分を見て、果たして将来に希望を抱けるだろうか――。  朱里が物思いに耽っていると、背後からチーンという音がした。朱里が振り返ると、エレベーターが到着し、中からスーツ姿の男が降りてくるのが見えた。YA産業の人間かもしれない。朱里は咄嗟に笑みを浮かべて会釈した。もはや条件反射のようになった自分の反応を前に、急激に嫌悪感がこみ上げてきた。  男は朱里に会釈を返すと、朱里が出てきたのとは反対側の廊下に向かって歩いて行った。どうやら別の会社の人間だったようだ。何だ、これなら笑顔なんて作るんじゃなかった。朱里は損をした気分になって肩を竦めると、感情を振り払うように頭を軽く振り、急いでエレベーターに乗り込んだ。
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