失われた微笑み

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 10分ほど歩いたところで、朱里は目的としていたビルに辿り着いた。鞄から書類を取り出し、ビルの名前を確認する。KAビル。よし、ここで間違いない。朱里は書類を鞄に戻すと、口の両端を持ち上げた。ビルの中ですれ違う人が先方の会社に勤めている可能性も考えられる。つねに好印象を与えるように心掛けなければ。  朱里はビルの入口を潜ると、郵便ポストの並んだエリアを抜け、エレベーターの前まで歩いて行き、ボタンを押した。すぐに扉が開き、朱里は1人エレベーターに乗り込むと、7階のボタンを押した。後方に鏡があったので振り返り、全身をチェックする。正面から、横から、後ろ姿まで隈なく。大丈夫、どこから見ても有能なキャリアウーマンだ。ビジネスにおいて見た目は重要だ。男女平等が唄われている現代でも、若い女性というだけで侮蔑の眼差しを向ける相手が撲滅したわけではない。だから第一印象で挫かれないよう、朱里は身なりには人一倍気を使っていた。もちろん見かけ倒しにならないよう、中身の研鑽も怠らない。
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